「運動」に秘められた未知数の可能性を掘り起こす

「運動」に秘められた未知数の可能性を掘り起こす
スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 橋本健志 准教授

「運動はからだにいい」とよくいわれます。実際に血行がよくなったり,脂肪燃焼を促進したり,頭がスッキリしたりしますよね。けれど,筋肉の動きからなぜそんなことが起こるのでしょう。運動がもたらす恵みを生命科学の視点で探ります。

橋本先生

からだが動くと,細胞が動く

運動をして筋肉が収縮するとき,細胞の中ではカルシウムイオンを貯めた袋(筋小胞体)からカルシウムイオンが放出されたり,一酸化窒素や活性酸素,乳酸が増加したりという変化が起こります。これら運動由来の物質によって細胞内のエネルギー工場である「ミトコンドリア」が筋細胞で増加し,よりエネルギーを生み出しやすい筋肉になることが,スポーツ科学・運動生理分野の研究によってわかってきました。

疲労物質だと思われていた乳酸が,逆に筋肉細胞のミトコンドリアを活性化して回復を促していたことを突き止め,一躍注目を浴びた橋本先生。「運動由来の物質が血流にのって全身に届くことを考えると,運動の効果は筋肉にとどまらないはず」と,さらに先生が注目したのは,脂肪細胞への運動の効果でした。そしてついに,筋肉のミトコンドリアを活性化する効果を持つ乳酸が,脂肪細胞のミトコンドリアの活性も高めることをつきとめました。脂肪細胞もまた,運動によって脂肪を分解しやすい脂肪細胞に変わることがわかったのです。

からだの外から運動効果を与える挑戦

橋本先生過去の関連研究を調べると,糖尿病や肥満の人の脂肪細胞のミトコンドリア機能が弱くなっていることがわかってきました。「運動の代わりに乳酸のような運動由来の物質を与えることで,運動と同じ効果を与え,弱くなった脂肪細胞の機能を回復させることができるんじゃないか」。そう考えた先生は,運動に代わるサプリメントの開発にも取り組んでいます。実際に,肥満のマウスに,週に3回与えてやると,皮下脂肪はなんと70%も減少したのです。現在,人に対しても同じ効果があるかどうかを検証しています。先生の研究成果が私たちの手元に届く日も近いかもしれません。

運動の恵みはまだ眠っている

「私たちが見ている運動の効果はおそらく氷山の一角」。運動の効果が,認知や学習にかかわる中枢神経にも及ぶこともわかってきました。運動によって起こる中枢神経の疲労の原因を解明し,解消することができれば,持久力をアップすることも可能かもしれません。

「自分で見つけ出した種からどんな花を咲かせることができるか期待しています。一度きりの人生なので,時間を惜しんで可能な限りは暴れたい」と言う先生。運動の中に埋もれた新たな研究の種から大輪の花を咲かせることを目指し研究を続けています。