【特集】ゲノム研究の発展がゲノムの曖昧さを解く -藤田保健衛生大学 宮川 剛 教授

 体質や形質と同じように知能や感情といった「こころ」を生み出す脳の作り方もゲノムに書き込まれている。こう考える藤田保健衛生大学教授の宮川剛氏はマウスの行動観察とゲノミクスの手法を組み合わせた研究を進める一方で、パーソナルゲノムについても関心を寄せるひとりだ。

宮川 剛 教授

藤田保健衛生大学 総合医科学研究所

宮川 剛 教授


行動とゲノムを結ぶ

 表現型の違いからメカニズムの解析へと研究を深めていくことは、生命科学の基本。宮川氏は160系統以上におよぶKOマウスを用いて、網羅的行動テストバッテリーという手法で特徴的な表現型を持つマウスの探索を行ってきた。体重や体温だけでなく、巣作り行動、作業記憶、活動性などを測定するこの方法で、Shunurri-2(以下、Shn-2)KOマウスが作業記憶の低下や社会的行動の異常などの統合失調症によく似た行動パターンを示すことを見出した。DNAチップを使った、Shn-2KOマウスの脳と統合失調症患者の死後脳の網羅的な遺伝子発現解析から、76の遺伝子で発現変動の方向性が一致していることを明らかにした。同様の心理学的手法を人に対して実施することで、表現型に関係するゲノム上の個人差を発見できる可能性があるが、これまでのところ実施されていない。「現在、日本では大規模なゲノムコホート研究が計画されています。この調査には、心理学や脳科学に通じるような調査があまり含まれていないようです。限定された研究領域だけでなく、様々な分野で活かせる調査を実施することによって、得られたデータから、よりたくさんの意味を見出すことができるようになると考えています」。ゲノムの個人差と表現型との関連性を見出すことは、ライフサイエンス一般やオーダーメイド医療実現へ向けた研究の進展につながるという意味で意義深い。ただし、研究者が情報をもらう一方で、被験者が希望すれば、情報を正しく解釈できる説明をした上で結果を返すことも必要だというのが宮川氏の持論だ。

発展途上のパーソナルゲノム

 宮川氏は海外でDTCサービスを提供する23andMeとdeCODEmeのサービスを実際に試している。DTCサービスは、遺伝カウンセラーによるカウンセリングを受けた上で受診するわけではない。そのため、数字を投げっぱなしにすると情報を得た側に心理的な負担を大きく強いる可能性がある。「受けてみて感心したのは、データの提供をしてそれでおしまいではないところです。病気の説明から、リスクを抑えるためのアドバイス、さらに報告の根拠になっている論文へのリンクがあり、望めば詳細な情報を得られます」。一方で、こうしたサービス全般に通じる指摘もしている。例えば、彼らが該当疾患と関連すると言っているSNPの情報源となる論文は欧米人での結果をもとにしていることが多い。そのため、アジア人が受けた場合報告されたSNPが本人にとって本当に発症のリスクを左右しているものかどうかはわからない。また、参考にした論文が間違っている可能性もある。実際、受けた時にはリスクが2倍程度あると報告の出た疾患で、数か月後にリスクが平均以下に下がるという経験もしたそうだ。発展途上のゲノム情報をゲノム研究が埋めていく状況はまだまだ続くだろう。

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