【特集】日本人集団の解析に新たな価値を期待する -東京大学 徳永 勝士 教授

 DTCの遺伝子検査について、一般向けのサービスとしてはリテラシー向上と精度管理体制の整備が必須。だが、研究の進め方としては期待している。そう話すのは、東京大学大学院医学系研究科人類遺伝学教室を主宰し、人類遺伝学会で理事を務める徳永勝士教授だ。自らもSNPの解析法を開発し、またデータベースの整備を進める遺伝学者として、パーソナルゲノムを取り巻く現況への考えを伺った。

徳永 勝士 教授

東京大学大学院 医学系研究科
国際保健学専攻 人類遺伝学分野

徳永 勝士 教授


求められるゲノムリテラシーの向上

 一般的に日本人が遺伝子やゲノムに関する知識を得る高校での教育では、DNAの塩基配列が形質に影響する例として、鎌状赤血球貧血症とフェニルケトン尿症などを記載している3)。これらはともに、1遺伝子の変異による疾患だ。またSNPについては「一塩基多型の存在はゲノムの多様性につながっている」と述べられているのみであり、体質や多因子疾患への影響、環境要因との関連について言及はない。このような状況が、乱立する国内DTCサービスに対する、消費者評価の未熟さに繋がっていると徳永氏は話す。「将来、多因子疾患や体質に関与する遺伝要因の解析が進んだ場合、それがQOLの向上に繋がることは否定しません。ただ現時点で大規模に研究が進んでいる糖尿病でさえ遺伝要因の20〜40%しか明らかになっていないとされ、環境要因も含めると疾患発症の予測や体質の診断など時期尚早です」。この状況でマイクロアレイや次世代シークエンスなど解析技術が低コスト化し広がる中、研究を推し進めるとともに「ゲノムや遺伝性疾患についての教育を進め、ベースの知識の底上げをしなければならない」と語る。

期待と危うさが共存する国内事情

 徳永氏自身は研究として、独自のマルチプレックスSNP解析技術(DigiTag2)4)を用いて疾患関連遺伝子を探索している。ゲノムワイド関連解析(GWAS)によって発見された候補領域にある真の責任遺伝子を同定し、その発症機序の解析までを行っているのだ。また、統合データベースプロジェクトの中で日本人健常者のSNP、コピー数多型(CNV)、GWASのデータベースを構築している。自らこのような研究を行う中で、日本国内でのパーソナルゲノムの取り扱いに関して違和感を覚えることもあるという。「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針は、個人情報保護法の枠内で設置されています。個人情報保護法には、提供者が希望する場合は情報を開示しなければならないという原則があります。その際、信頼できる結果について、その臨床上の意味や治療の可能性も含めて伝えることができなければ、深刻な誤解を与えてしまう可能性があるのです」。

 一方で、23andMeのような企業がパーソナルゲノム情報を集め、研究に活かす動きは悪くない、と言う。「彼らは臨床医や人類遺伝学の専門家がチームにおり、遺伝病と多因子疾患のリスクをきちんと切り分けて提示しています。アンケートによる自己申告ではデータの質が落ちる懸念はありますが、公的資金に頼らずに大規模な疫学研究やデータベースを実現できることには意義があります」。現状、日本人で自らのゲノムをDTCのGWAS解析に提供する個人はまだ少ない。だが、他国と比較すると遺伝的多様性が低い日本人集団に関する研究が進めば、様々な遺伝要因を発見できるはずだ、と徳永氏は期待している。

3)数研出版 高校生物
4)Nishida N. Tokunaga K. et al. Further development of multiplex single
nucleotide polymorphism typing method, the DigiTag2 assay, Analytical Biochemistry (2007), 364 (1), 78-85

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