京大総長に感謝された研究者〜ネットアウトリーチが実績になる時代〜 前野浩太郎

京大総長に感謝された研究者〜ネットアウトリーチが実績になる時代〜 前野浩太郎

アフリカのモーリタニアという地で一人、砂漠のバッタについて研究している日本人研究者がいる。 前野浩太郎さんだ。バッタが高密度に集合したときのかたち、群生相化について研究していた前野さん。 飼育環境でしか研究できない日本を飛び出して、給料なしの研究費だけで、アフリカに渡り、バッタの研究を志す様子が有名にな ったのは、プレジデントオンラインで連載を持つことになったことも大きいだろう。 アフリカという遠い地で研究者としてバッタに情熱を注ぐ彼の生き方が、ビジネスマンの働き方の参考になったのだ。

当時のプレジデントの記事→33歳無収入、職場はアフリカ

リバネスでは、同じ頃から前野さんに注目し、取材をしている。

砂漠のBATTA MAN

リスクをとって自分の志した研究を貫く姿が素敵な研究者だ。

このたび、前野さんが京都大学の白眉プロジェクトの研究員として採択されたということでプレジデントが再びインタビューで 取り上げている。

プレジデント記事→帰ってきたバッタ博士

白眉プロジェクトは京都大学の次世代研究者育成支援のプロジェクトの1つで、授業など大学の研究者としての副次的な役割にとらわれることなく、研究に専念できる仕組みがある。 勝因を尋ねられると、前野さんはこう答えている。 「無収入になっても前野はバッタの研究がしたいんだ」という意思を見せたかった。ああ、そこまでしてやる気がある奴だったら採ってみよう、と京大に認めてもらえたんだと思います。 現に面接のときの京大総長とのやりとりは、前野さんの答えを裏付けている。

「前野さん、モーリタニアは何年目ですか」と訊かれて「3年目です」と言ったら、総長が、はっ、と顔を上げてこっちを見て「過酷な環境で生活し、研究するのはほんとうに困難なことだと思います。わたしはひとりの人間として、あなたに感謝します」と言ってくださったんです。自分がモーリタニアで研究していると話すと「うわー何それ、面白い、何してんの?」と言われるのが今までのパターンだったんですけど、初めて「感謝します」と言っていただいた。ああ……ここはちょっと違う、と思いました。アフリカで3年やってきて、ようやく総長の前まで辿り着いて、そのときに初めて労をねぎらってもらえた。ああ、ここに来て良かったと、苦労が報われたと感動しました。こういう感性を持っている人の下で仕事をしていきたいと思いました。

ここまで貫いた意思を、だれかがきちんと見てくれている。これは研究者にとってとても希望の持てるエピソードではないだろうか。「バッタの研究なんて好きでやっている」こと、と見られがちかも知れないが、群生相の研究は農作物の害虫被害などとも関係しており、産業界にも十分寄与する可能性のある研究テーマだ。地道に根っこを掘り続けていくようなテーマに「感謝」する、総長の感性は確かに素敵だ。白眉プロジェクトがそのように「おおらかに」研究者を支援する、と謳っていることも京大らしい。

一方で前野さんが採択されたのは、このエピソードだけではない、と自分で分析している。 前野さんのアウトリーチ活動が影響しているのではないかと。言うのだ。前野さんは プレジデントに連載を持つ他、本屋さんでのトークイベントや、ニコニコ超会議、ニコニコ学会での招待講演も行っている。 学会では2日間で8万5千人が閲覧したという。その脅威的なアウトリーチの力が「飛び道具」を求めていた京大のニーズとマッチしたのではないか。前野さんはそう考えている。

日本でアウトリーチ熱が高まりはじめたのは今から丁度10年前の2003年。サイエンスカフェが始まったのがこの頃だ。 アウトリーチといえば「しなくてはいけないもの」「本業を圧迫する面倒なもの」という認識の研究者も多いのかもしれない。 けれど、前野さんのように、アウトリーチの真の意味をしっかりとらえて活用できれば、評価につながっていく時代になったのだ。さらに、10年たって、ウェブサイト上で多くの人に影響を与える発信も可能になりつつある。普段はアフリカで研究する前野さんの生き方や研究について、多くの人が知ることができるのだ。

どうせやるなら自分のためにやろう。

研究者が研究の意義を自ら発信する。それで世の中に影響を与える。その循環は次の時代の研究をつくっていくために確実に必要なことになる。 研究者が認められる世の中になるかどうか。それは研究者の頑張り次第で、つくっていけるものなのだ。