原因を探れば、新たな医療が見えてくる 堀 利行

原因を探れば、新たな医療が見えてくる 堀 利行
生命科学部 生命医科学科 堀利行 教授

1990年代後半に,ある革新的な白血病の薬が創られました。がん細胞が異常に増殖する原因を調べて創られたこの薬は,それまで4~7割だった5年生存率を,なんと9割まで延ばしたのです。このような新たながん治療の重要性に導かれ,堀先生は病気を治療する医者から病気のしくみを解明する研究者へと活動の場を移しました。

堀先生

からだの中の伝言ゲーム

増殖や代謝など,細胞は活動を繰り返しており,これらは細胞内外で情報を伝言する「シグナル伝達」によって制御されています。たとえば,細胞外から「増えろ!」という信号を受け取った細胞表面のタンパク質は,細胞内のすぐそばのタンパク質へ増殖の情報を伝えます。その後も,順々に細胞内に伝えられ,最後まで正しく情報を伝えられたとき,細胞の増殖が起こります。
私たちの体内では,このようなタンパク質の伝言ゲームが多く存在しています。増殖を引き起こすものや,逆に細胞の自殺を促すことで増殖を抑制するものもあります。実は,現代医療の最大の課題「がん」は,伝言ゲームのどこかに異常が起こり,増殖の情報が伝わり続けてしまったり,自殺がうまく機能しなかったりすることで,細胞が増え過ぎてしまうことが原因になっているのです。

抗がん剤が効かない原因を解明

血液内科を専門としていた先生は,血液細胞のがん「白血病」の原因を探っていました。その研究の中で,細胞の自殺を促すシグナル伝達で働く「Kpm」(別名Lats2)というタンパク質を発見しました。
白血病患者の中には,抗がん剤の効かない人たちがいます。その原因を調べてみると,Kpm(Lats2)の量が少ないために自殺の情報が十分に伝わらず,がん細胞の自殺が起こっていないことがわかりました。これにより,たとえばKpm(Lats2)の働きを補ったうえで抗がん剤治療を行うことができれば,白血病への効果を期待することができます。

基礎研究を土台に医療現場の壁を越えろ

今までの医療現場では,異常に増殖するという結果だけを抑えるために抗がん剤を投与し,効果の有無を診ていました。しかし,がんは異常の原因となるタンパク質が人によって異なるため,すべての人に効く治療法はありません。なす術のない多くの患者を見てきた先生は,「これからは,生命現象を解き明かす基礎研究が重要だ」と実感したと言います。先生がKpm(Lats2)を研究したように,白血病に隠された生命現象をくわしく解明することで,抗がん剤が効かない理由や,新たな治療法のヒントを得ることができるのです。こうした一歩一歩の病気の原因解明が,今は解決できない多くの命を救う未来の医療の鍵を握っています。

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