人にやさしく。漢方の妙。 上園 保仁

人にやさしく。漢方の妙。 上園 保仁

解析技術の進歩で、作用機序に不明なことが多い漢方薬にメスが入り始めた。合剤という複数の生理活性物質をあわせた今の医薬品にはないメカニズムにオックスフォード大学も注目し、株式会社ツムラとのスポンサーシップ契約に基づく研究を表明している。漢方薬が実現する絶妙な効き目のバランスを活かした医療応用を目指す国立がん研究センター研究所の上園保仁氏の話から、伝統の持つポテンシャルがひしひしと伝わってくる。

漢方を科学する

漢方は江戸時代に日本に伝来した西洋医学である蘭方と区別するために作られた名称。実は、古代に大陸から持ち込まれた生薬をベースに日本で育まれてきた伝統医学だ。今使われる漢方薬は長い歴史の中で選び抜かれたチャンピオンの集まりともいえる。しかし、経験的に効くということに基づいて使われてきたという背景から、科学的ではないと考える人も少なくない。

上園氏自身も漢方に本格的に関わる前は懐疑的だったと振返る。転機が訪れたのは2008年。漢方のひとつである六君子湯(リックンシトウ)が食欲増進に関係するグレリンの分泌を亢進させ、抗がん剤シスプラチンの副作用による食欲不振の改善に効果を持つ。そんな報告が、消化器系の雑誌ではトップのGastroenterologyに掲載された。精製した六君子湯の生理活性物質を投与したマウス体内でのグレリン量の変化、ターゲット分子と生理活性物質との結合定数など、データを積み上げてメカニズムに迫っていた。「論文を見た時は、Gastroenterologyに漢方薬の論文が?!と驚きました。成分をきちんと分けて、どこのターゲットに効いているのかを調べていることをみて、漢方薬の作用機序に一気に興味を持つようになりました」。

自らつかんだエビデンス

2009年に現在の職場である国立がん研究センター研究所(以下、がん研)に移った上園氏の研究はがん患者のQOLを改善。終末期患者にとっては漢方薬による治療が体にやさしく負担が少ないのではないかと考え、分子メカニズムの研究に本格的に取組み始めた。

まず着手したテーマが、がん悪液質という、体重減少や摂食量の低下をともなう症状の、六君子湯による緩和。独自に製作した新規がん悪液質モデルラットを解析すると、食思促進ペプチド、グレリンに抵抗性を持つことがわかった。六君子湯でラットの食欲不振が改善されたため、作用機序をグレリン受容体発現細胞で解析してみると、六君子湯の生薬のひとつであるソウジュツに含まれるアトラクチロジンがグレリンのシグナルを増強することをつかんだ。上述の通り、グレリンは食欲増進に関わる。六君子湯でグレリンを有効活用できれば、がん悪液質の改善に一役買えるのではないか。新しい糸口が研究の中からみえてきた。「現在は北海道大学と協力して膵がんの悪液質の患者さんを対象に、臨床研究を実施しています。40例を目標に行なっていて、来春には結果が出てくる予定です」。

伝統に秘められた絶妙なバランス

六君子湯の他に力を入れている大建中湯(ダイケチュウトウ)は、合剤には合剤の魅力があるという上園氏の言葉を見事に表現している。大建中湯は山椒、生姜、人参の3種類の生薬で作られる漢方薬で、山椒や生姜の成分がTRP(transient receptor potential)チャネルに作用し、腸の蠕動運動を活性化することが知られている。「山椒も生姜もそれぞれで腸にかけると動きを促進します。ただ、あわせると単品の時よりも少ない量で効果がでます。さらに、人参は単品でかけても何も変化しませんが、他の2つとあわせて使うと10分の1くらいの量で効果がでます。この足し算の妙がとても面白い」。さらに、最近の研究では山椒の成分サンショールがあるタンパク質に作用することで、腸での生姜の成分ショウガオールが効きやすくなることを見いだしている。山椒が飲んですぐ、10〜15秒くらいで体内に吸収されて働くことで、薬が腸に届く15分後くらいには、ショウガオールが効きやすい環境が整っているというのだ。このクロノロジカルな時間の妙も漢方の面白さ。

足し算の魅力を開発したい

分子メカニズムと成分の足し算の効果が大建中湯の研究からみえてきたことで、漢方発の創薬ができるのではないかと、上園氏は意欲をみせる。さらに、最近になって、スーパーリスポンダーと上園氏が呼ぶ、ある種の漢方薬がとても効く人がいることがわかってきた。一方で同じ薬でもあまり効果の無い人もいることもわかってきた。漢方には「」というその人の状態を表す概念があるが、スーパーリスポンダーはその人の証に漢方薬がぴたりとはまっている例ではないかというのが上園氏の仮説だ。漢方の足し算の意味がここに隠されているのではないかと上園氏はみる。スーバーリスポンダーとそうでない人の協力を得て血液を比較してみれば、処方の指標となるバイオマーカーが見つかり、個々人にあわせた処方も実現する可能性がある。

足し算の妙を活かした低濃度成分による体にやさしい医学。そして、証にあわせた体にやさしい医学。「足し算の魅力を開発していきたいです」と語る上園氏の研究は、漢方の未知の部分にメスを入れ、新しい治療の可能性を拓きつつある。伝統と科学の交差から生まれる成果は、日本発の新しい創薬を作り出す可能性を秘めている。これからの発展に益々期待が高まる。

上園 保仁  (うえぞの やすひと)氏

独立行政法人国立がん研究センター研究所がん患者病態生理研究分野 分野長

  • 1989年 3月 産業医科大学大学院 修了、医学博士 取得
  • 1991年 1月 米国カリフォルニア工科大学生物学部門
  • ポスドクとして留学(2年6か月)
  • 1992年 7月 産業医科大学薬理学講座 助手
  • 1994年 9月 産業医科大学薬理学講座 講師
  • 2000年 10月 長崎大学医学部薬理学講座 講師
  • 2004年 11月 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・内臓薬理学講座 助教授
  • 2008年 4月 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科・感染分子解析学講座 准教授
  • 2009年 1月 国立がんセンター研究所がん患者病態生理研究部 部長
  • 2010年 4月 独立行政法人国立がん研究センター研究所 がん患者病態生理研究部 部長
  • 2010年 11月 独立行政法人国立がん研究センター研究所 がん患者病態生理研究分野 分野長