論文の軸にしていたデータが無いってわかったら、科学者はどうするの?
最近「論文の軸にしていたデータが無いってわかったら、科学者はどうするの?」って科学者ではない方に聞かれたんですよね。。。
で、一応思うところを以下に。
これ、想定読者は研究室に入る前の大学生、若しくは科学に興味のある一般の方です。
研究者的には当然のこと of 当然のことかと思うので、すっとばしてOK。
わかりきった議論なんですが。。。
Q: 論文の軸にしていたデータが存在しないってわかったらどうするの?
A: そりゃその論文取り下げるに決まってる。そもそもあるって言ってたデータが無いとか異常事態なんですよ。
という当然の話が研究者以外の方には、どうやら伝わりにくいらしい。
伝わりにくいっていうか、科学者がそもそもどういうプロセスで論文出して、論文を撤回するかわからんから、イメージわかないんじゃないかと(仮説)。
流石に博士課程とかの学生は各種ジャーナル読んでるし、実例に触れる機会も多いかと思うけど、研究室配属前の大学生はないかなと。
いわんや、マスコミやお茶の間の方をや。
で、僕のtwitterのTL上にちょっと前の話ですが論文撤回の事例が出てきたので、そちらをシェアしたいと思います。
ポジティブ・ネガティブな意見を発するということではなく、こういう風にプロセスしていくんですよという一例としてイメージをわかせて貰えればいいなと。
というわけで繰り返しになりますが、想定読者は研究室に入る前の大学生、若しくは科学に興味のある一般の方です。
STAPとは別の話なんですけど、各自比較してくれりゃいいかなと思います。
こんなのわかりきった議論だとは思うんだけど、一応投げてみる。
まずは論文の中身をざっくりと
今回紹介するケース、論文が出たのが2011年の1月25日→これ
内容ざくっとまとめると、キャッサバという芋(タピオカの原料ですね)を遺伝子改変したら、食用になる根の部分をタンパク質リッチにできたぜ!って話。
キャッサバというのは育てるのに手間があまりかからず、ハイカロリーな芋です。乾燥地など悪環境でも育ちますし、バイオエタノールの産生もできちゃうので、食糧源としても、エネルギー源としても期待をされてる農作物ってやつですね。毒性あるので、食べ物としては毒抜き必要だったりするのですが、この論文ではそれも下がったぜと言っている。
栽培はとても簡単である。茎を地中に挿すだけで発根し、そのまま生育する。
作付面積あたりのカロリー生産量はあらゆるイモ類、穀類より多くデンプン質の生産効率は高い。しかし食用とするためには毒抜き処理が必要なことや、 毒抜きのために皮や芯を除去した芋はその場で加工しなければ腐ってしまうなど、利用の制約が大きい作物でもある。利用範囲は広く、葉を発酵させて毒抜きし飼料として利用したり、アルコール発酵によりバイオ燃料(バイオマスエタノール)を製造するなどの用途も注目を浴びている。農作物としてみれば、悪環境下(乾燥地、酸性土壌、貧栄養土壌)でも生育可能など、これまで農地とされなかった場所での栽培ができ、「食糧問題」や「温暖化問題」の解決への期待が大きい。
なお、熱帯の都市では緑地帯の植え込みにも利用され、室内での観葉植物としても利用価値がある。観賞用の斑入りの葉の品種もある。
↓キャッサバの根を乾燥させたやつ
で、議論の根拠になったデータがない件
以下にレポートがあがっています。
PLoS ONE GMO cassava paper retracted after data “could not be found”
Danforth president James Carrington tells Retraction Watch that Fauquet brought the problems to his attention earlier this year, after members of Fauquet’s lab were unable to replicate the work. Questions arose shortly after the paper was published, in January 2011, when researchers tried to extend the findings.
リンク先に書いてある内容をこれまたざっくりまとめます。
どうやって、異変に気づいたかと言うと、その研究室の中からのようです。
そりゃそうだ一番その論文の内容について知っているし、その論文の成果物を使ってさらに研究を発展させたりするからです。
論文出した後、遺伝子改変したキャッサバでもっと研究を進めようとしたら、うまくいかんかったと。
ラボ内で「ありゃ、おかしーぞ」と声があがるわけですね。
で、ラボの中で追加調査の実験をすると、どうやら論文のキーになった遺伝子の存在が、その遺伝子改変キャッサバに認められないということになったと。
つまり、論文の軸にしていたデータがない状態です。
調査の結果判明したのは以下:
- 論文に示されたデータを再現することが出来ない。
- データで示されたブツが見つからない。
- さらには、遺伝子改変のキャッサバをつくるために使われた、パーツ群も精査されて、そっちでもあるべきブツが見つからない。
これはちょっと考えればわかることなんですが、科学的には何も言っていないのと同義です。
もしこの調査にいちゃもんをつけたいのなら、その根拠になるデータを(ほんとにあるんですっていうお話だけじゃなくて)提示する必要があります。
それがない/見つからないのでアウトですよ、ということ。
このケースでは調査の結果を受けて、論文は取り下げになったようです。
ちなみに取り下げは2012年9月なので、決着まで1年半以上かかってます。
調査だってしっかりしたらその位のスパンはかかるぜってことですね。
そもそも論文に出したデータがないとは何か?
論文におかしな点があった→調査した(この調査の中身がクリア)→論文に示されているデータがなかった→論文取り下げ。
どうですかね、撤回までのプロセスは非常にクリアじゃないですかね。
端的にいうと、論文の軸にしていたデータがない場合(軸にしていたデータだけじゃなくてどのデータもだけど)、科学者はその論文を取り下げます。
そもそもデータがあるから論文を出していたのですから、当然です。
冒頭にも書きましたが、これ異常事態です。
それでも、データを人工的に作ったかどうかとか、悪意があったかどうかとかを完全に証明するのは難しいと思うんですよね。
だからこの件でも、調査は「データを見つけることが出来なかった」というところまでが報じてあるところのようです。
でもそれで十分だって話。
しつこいようですがデータが無かったとしたら、それは異常なのです。
で、今書いていることは当然の前提なので、そんなもんすっとばして科学者側は議論をします。
もしこれでもわからない方がいればもうちょっと議論を矮小化するとこんな感じでしょうか。
1.なめると5秒で肩こりが治る物質A入りの飴が発売される
2.飴をなめて肩こりが治らない
3.調査の結果、物質Aの存在が確認できない
4.飴発売中止
再発売に向けて、販売担当の人が「物質Aはあるんです」と言ってもだめでしょう。
詳細データ出せや!って話になりますよね。
つまりはそれに尽きますし、データがないなら何も言っていないのと同じです。
僕なんか同じこと繰り返してますね(飽きてきた)。
最後に:研究機関側の対応について
上で取り上げたレポートは、Retraction Watchというブログから引用したものです。
これは科学雑誌に一度掲載された論文の取り下げについて取り上げてるブログ。
このサイトのブロガーさんが、キャッサバ論文を出した研究室があるセンターのトップ二人にインタビューをしたら、ちゃんとどんな調査が行われてどういう結果だったかを詳細に説明してくれたと書いています。
ブロガーさんはこんな結びをしています。
both based on the details he was willing to share, and the fact that he and Kutchan spent 45 minutes on the phone with us on short notice. If only every institution were the same.
調査についての詳細をディレクター陣がきっちりシェアしてくれたと(どの機関もこんだけ協力的だったらいいのに!)と書いてあります。
トップがしっかり説明責任は果たすというのは、研究業界的な心象的としても重要だなと考える次第。
なんでそうなったわけ?結局何がないわけ?的なことをちゃんと研究者側は知りたい。
というわけでこれを読んでる研究者以外の人に、研究者側の空気感含めてわかってもらえるといいんですが、如何ですかね。