どこにでもある植物の中に隠れた, 大いなる謎を追いかけて 石水 毅
生命科学部 生物工学科 石水 毅 准教授
単元に関係するキーワード 生物「生命現象とタンパク質」,化学「天然高分子化合物」
「今まで見た中で,一番複雑な構造を持つ分子ですよ」という石水先生の研究対象,いったいどんなものだと思いますか?家にジャムの瓶がある人は,成分表示を見てみれば,その中にも含まれているかもしれません。答えは「ペクチン」。あらゆる植物の細胞壁の中に含まれる物質です。先生は,その複雑な構造をつくり出すしくみを知りたくて,研究を続けています。
64/67の未知
ペクチンは,植物の細胞壁の中で,主成分であるセルロースや他の成分と結合して細胞をつなぎ合わせる糊のような役割をしています。その構造は,数十種類の糖でできた鎖が樹木のように枝分かれしたようなものです。主にガラクツロン酸やラムノースという糖の仲間がつくる幹から,いくつもの枝が伸びており,中に含まれる結合パターンは67種類にもなります。
通常,生物の体内では,1種類の酵素が1種類の化学結合をつくります。つまりペクチンの合成は,67種類の酵素が働く複雑な工程のはずです。ところが,これまで見つかっているのはたった3種類。それも「, ペクチン合成に関係しているらしい」とわかっている程度で,しくみの全貌を明らかにするにはまだ遠い状況です。身近な植物が持つ,この大いなる未知を解き明かすのが,先生の研究なのです。
確実な証拠を求めて,15年
ある酵素が,ペクチンの合成に働いているかを調べるには,どうすればいいでしょう?酵素をペクチンの部品と混ぜ,化学結合がつくられるかどうかを確かめるのが,最も直接的な証拠になります。でも,数十種類もの糖からなる部品を人工的に合成するのは大変で,誰もやっていません。
そこで先生は,ペクチンをランダムに切り,その中から使える部品を精製する方法をとりました。これも簡単にはいかず,1種類の酵素の働きを確認するための部品を大量に用意するのに,2年かかりました。そして,この研究をはじめて15年。最近,ようやく酵素をひとつ,明らかにできそうだといいます。この成果が出れば,ペクチン合成酵素を直接的な証拠で捕まえた,世界初の研究になるはずです。
「知りたい」気持ちが科学を進めるエンジンになる
「生命はダイナミックで,たくさんの酵素が働いて無数の化学反応を起こしています」。その根本を解き明かしたいと,最も複雑なペクチンを研究対象にしました。困難だらけの研究で「, 意味のあるデータが出ていることを示すグラフのピークが現れたときの喜びは忘れられません」と生命の神秘に魅せられた先生は話します。
ペクチンは植物体からバイオエタノールをつくる際に分解されにくい物質でもあるので,分解酵素の究も進めています。「こうした,世の中の役に立つテーマを進めることも研究者として重要です。でも本心は,複雑な合成過程を明らかにしたいだけなんですよ」。
これまで多くの研究者が,胸に抱く「知りたい」という欲求を満すための研究を行ってきました。ひとつひとつの研究は,何かの役に立つかどうかはわかりません。でも,その成果の積み重ねが,科学の発展をつくってきたのです。