だ液と微生物で、電気をつくる
発電所といえば大きい建物といったイメージがありませんか。じつは今,指先サイズの発電機の開発が進んでいます。しかも,エネルギー源は「だ液」。この中に含まれているさまざまな物質が,発電のカギをにぎっています。
だ液と排水の共通点?
ごはんやおやつを食べているときに,口の中でジュワッとわいてくるだ液,これを発電するときのエネルギー源にしよう。そんなことを考えついた研究者がだ液に注目した理由は,たくさんの有機物が含まれているからでした。だ液には,アミラーゼなどの消化酵素や,からだを細菌から守るための抗体やリゾチームといった物質をはじめ,有機物が豊富に含まれています。
この「有機物を含んだ液体」は,別の場所ではとても嫌われています。たとえば,工場や家庭から出る廃水を処理している下水処理場。廃水をそのまま川に流すと,含まれている有機物を食べて微生物や藻が増殖してヘドロとなり,川を汚してしまうため,これを取り除くために莫大な労力,そして電力が費やされています。もし停電してしまったら,汚いままの水を流すことになってしまうのです。
微生物からのおすそ分け
今,有機物のために電気を使うのではなく,有機物から電気をつくれないだろうか,と考えた世界中の研究者によって「微生物燃料電池」というものが研究されています。微生物のなかには,周りにある有機物を食べて電流を発生させる種類がいくつかあります。彼らは,家や学校の周りにある川や田んぼからすくった水や,廃水の中にもいます。微生物燃料電池は,その微生物たちが発生する電流をおすそ分けしてもらって活用するための装置なのです。
発電方法はとても簡単。有機物を含む水に電極を挿し込みます。その周りには微生物を付着させておくことで,有機物を分解し二酸化炭素と水素イオンをつくり出します。このとき発生する電子を,この電極でもらい受けるのです。回路を通じてつながっているもう一方の電極は空気に触れており,酸素と水素イオンとを反応させ,水をつくります。発電すると,水の中の有機物を減らしてきれいにすることができるし,電気も取り出せる。さらに,副産物は水だけなのでクリーンです。このしくみを使えば,下水処理のついでに発電もできて一石二鳥になると期待されています。
新素材を使ってミニ発電機に挑戦
微生物燃料電池を使えば,廃水と同じ「有機物を含む液体」であるだ液を使った発電ができるかもしれません。そして,2014年1月,実際にだ液で発電する装置をつくった研究者が現れました。発表された微生物燃料電池は,大きさわずか1cm2厚さ1mmで,だ液と廃水を混ぜて発電します。
開発にあたったアメリカのペンシルバニア大学のブルース・ローガン教授たちが工夫したのは,微生物とくっつく電極の部分でした。微生物は電流を,一方向ではなく自分の周囲に放射状に放出するため,電極はなるべく広い面積で微生物とくっついて,電流を少しでも多くキャッチしたいのです。ローガン教授たちは,「グラフェン」という,電気を通す素材のなかで,いま世界で最も薄いといわれている素材を,世界で初めて燃料電池用に使ってみました。グラフェンと微生物がどのようにくっついているかなど「詳しいことはまだよくわからないが,効率のいい燃料電池開発に成功した」と発表しています。
外出中の急な充電切れはなくせる!?
ローガン教授たちが開発した電池は1μW (1マイクロワット;1,000,000分の1W)の発電ができることが確かめられています。これは,簡単なセンサーを動かすには十分な電力です。このセンサーを動かして得られた情報をスマートフォンに送,といったことができるようになるといわれています。
技術が進んで,微生物燃料電池の発電量が大きくなったら,何ができるようになるでしょうか。下水や川の水をサッとすくって微生物発電用の容器に入れ,グラフェンになじませる。そこにだ液を入れたら,携帯電話が充電できる―。そんなことが可能なるかもしれませんね。イギリスでは尿を使った微生物燃料電池がつくられていたり,日本では水田の泥水をつかった微生物燃料電池が開発されていたりします。微生物のエネルギー変換をうまく使うことで,私たちの生活が変わってくるのです。
(文・篠澤 裕介)