私たちは、脳がつくり出した 世界に住んでいる!? 藤田 一郎
『someone』の表紙を見てみましょう。あなたの目には何が映っているでしょうか? きっと,黒色の表紙にウサギやキツネなどのかわいいイラストが描いてあるはずです。私たちが当たり前のようにものを認識できるのは,脳の働きのおかげ。大阪大学の藤田一郎さんは,ものを見るときに脳の中でいったい何が起こっているか,その謎にせまっています。
立体は脳がつくり出しているかたち
私たちは,いつも立体物に囲まれた3次元の世界に暮らしていると感じていますが,じつは,「目」という器官は,物体を2次元の画像としてしか捉えられません。目の網膜中にある視細胞は,外界の光を受け取って「明るさ」と「色」の情報に変換して脳に伝えます。しかし,「光がどの距離からやって来たのか」という,ものを立体として認識するための情報を脳に伝えることはできないのです。私たちが3次元を認識できるのは,網膜の平面像をもとに脳が世界を立体につくり直しているから。原理的には,あるひとつの平面像を投影する立体物のかたちは無数に存在しうるはずですが,実際は,脳の働きにより,その無数の候補の中から網膜に映った像に対応するたったひとつの立体物が選択されているのです。
頭の中とコンピューターがつながる日
藤田さんは,同時に数十個の脳細胞の活動状態を観察できる「二光子レーザー顕微鏡法」を使い,ものを見たときの脳活動を調べています。脳神経細胞の活動には規則性があり,日本語が50音で表現できるのと同様,約200種類の細胞群が何通りものパターンで組み合わさって,非常に多様な物体のかたちを表現していると考えたのです。その細胞群どうしの組み合わせの法則,いわば,日本語でいう文法のようなものを見出して,それを数式で表すという壮大な研究に挑んでいます。脳の活動を数式で表わすことができれば,逆に,頭に思い浮かべたことをコンピューターで計算して,画面上に再現することも夢ではなくなります。ものを見る「視覚」ひとつ取ってみても謎が深い脳。それだけに未来への可能性を感じます。
(文・松原 尚子)