便から宝を掘り出す「茶色い錬金術」で 世界を健康に 福田 真嗣

便から宝を掘り出す「茶色い錬金術」で 世界を健康に 福田 真嗣

2015年1月、株式会社リバネスが主催する第1回バイオサイエンスグランプリで優勝したのは慶應義塾大学と東京工業大学の研究者で構成された「MetaGen」チームだ。「糞便輸送解析サービス」という特異なアイデアをひっさげ、「便から健康長寿社会を実現する」ベンチャーならぬ「便チャー」企業の立ち上げを目指す、リーダーの福田真嗣さんにお話を伺った。

福田 真嗣さん
慶應義塾大学
先端生命科学研究所 特任准教授

腸内環境のことは世界の誰よりも考えている

健康寿命の延伸は高齢化が進む先進国にとって重要なテーマだ。福田さんが注目するのは、1人当たり数百種類でおよそ100兆個も生息していると言われる腸内細菌。人の体を構成する細胞よりも遥かに多い腸内細菌群が、体にどのような影響を与えるのかを、腸内環境の解析、すなわち便の分析から解明しようとしている。これまで、腸内細菌の研究は培養法を用いて細菌を単離・培養して個々の機能を調べるのが主流だったが、次世代シーケンサーの出現や質量分析計の感度の高度化により、福田さんは便そのものを、メタゲノミクスやメタボロミクス、さらには粘膜免疫系や代謝系の解析など、あらゆる角度から探ろうとしている。

慶應義塾大学 福田 真嗣さん
「便にはその人の健康状態を表す究極の個人情報が眠っています。この情報を抽出し、還元することができれば、人々の健康長寿に貢献できると思っています。今、世界で一番腸内環境や便のことを考えているのは私だと自負しています

全てはone of them. ならば「運」で決める

福田さんはいかにしてこのテーマにたどり着いたのだろう。

慶應義塾大学 福田 真嗣さん
これがやりたい、という明確な想いより、数ある選択肢の中でたまたま出会ったものから始めた、という方が感覚的には近いですね

大学院では腸内細菌の遺伝子改変により生理活性物質を多量に産生する菌株の作出に取組んでいたが、その始まりは、声をかけてもらった教授の研究室が腸内細菌の研究をやっていたからというシンプルなものだった。研究を進めるうちに腸内細菌が産生する生理活性物質が腸内でどのように作用しているのかといった分子メカニズムに興味がわき、学位取得後は粘膜免疫の研究をしている理化学研究所の大野博司さんへ弟子入りを志願。この出会いが、現在の研究につながった。当時はそのような研究は少なく、暗闇で複雑に絡み合った糸を解きほぐすようなもの。そんな中、NMRのサンプルを入れる試料管の形状を見てふと「腸内細菌が培養できそう」と思ったことが始まりで、細菌を生きた状態のまま、複雑に混じった代謝物質を分析する画期的な分析技術を開発した。この技術でマウスの便を解析し、ビフィズス菌などの善玉菌と悪玉菌である腸管出血性大腸菌O157:H7、さらには宿主とのクロストークの分子機構を明らかにし、『Nature』への掲載を勝ち取った。

慶應義塾大学 福田 真嗣さん
何かを始める時、不安になる要素はいくらでもありますが、答えの見えない先のことはあまり考えないようにしています

と福田さんは言う。答えがない悩みには頭を使わず、全てを研究に注ぐ、ということなのだろう。

面白いことに出会いたいなら、自分が可変であり続けること

話を聞いて見えてきた、福田さんのもう1つの強みは「可変性」だ。「研究者であり続けることは、『説得力』をつける上で重要だと思っていますが、研究者かビジネスマンか、というような二者択一の考えはないです」。これは一例だが、「人間なんていくらでも自分を変えられる」というのが福田さんの考えだ。自分の考えや見方を変えて、常に新しい自分を生み出していく、そんな姿勢が福田さんを研究室の外に導いた。

福田さんはMetaGenのチーム結成の経緯を「素晴らしい仲間や最高に面白い研究に出会えた自分はラッキーだ」と語る。けれど、それは単なる「運」ではなく、自らが可変であり続け、出会ったものを「面白いモノ」に変えているのだろう。そのスタンスが、研究を進め、人を巻き込み、世界初の「便のプロフェッショナルチーム」をつくるのだ。

福田 真嗣さんプロフィール

2006年明治大学大学院農学研究科を卒業後、独立行政法人理化学研究所基礎科学特別研究員などを経て、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2011年にはビフィズス菌による腸管出血性大腸菌O157:H7感染予防の分子機構を世界に先駆けて明らかにし、『Nature』に報告。2013年には腸内細菌が産生する酪酸が制御性T細胞の分化を誘導して大腸炎を抑制することを発見し、『Nature』に報告。2013年文部科学大臣表彰若手科学者賞受賞。2015年に「ビジネスプラン:便から生み出す健康社会」でバイオサイエンスグランプリにて最優秀賞を受賞。専門は腸内環境システム学、統合オミクス科学。