企業の中で、ゼロからイチを生み出す、 シリアル・イノベーターという人物 株式会社リ・パブリック共同代表 田村 大 さん

企業の中で、ゼロからイチを生み出す、 シリアル・イノベーターという人物 株式会社リ・パブリック共同代表 田村 大 さん

成熟した企業の中で、新たな市場を創造する、もしくは既存の事業領域を塗り替えるような製品・サービスを繰り返し生み出す人材を「シリアル・イノベーター」と呼び、発掘・育成していく動きが始まっている。変化の激しい今の社会環境の中で、従来のビジネスにとらわれず、新しい課題に常に向き合うことにワクワクしているこの人たちの存在が、企業でのイノベーションを支えている。この概念を研究し、実践に結びつけていく取り組みを日本で立ち上げたのが、株式会社リ・パブリック共同代表の田村さんだ。組織の中でのこの新しい役割についてお話を伺った。

シリアル・イノベーターとイントラプレナー(企業内起業家)の違い

新しい事業を起こせる人は3種類いて、1つはアントレプレナー、自分が考えたアイデアや情熱をかたちにするために起業する人、2つ目はイントラプレナー、既存の組織に属しながら自分のやりたいことを新規事業にする人ですね。そして3つ目がシリアル・イノベーター。イントラプレナーと同じようだけれど、「何をやるか」より、「イノベーションを起こすこと自体」にワクワクする人なのです。ここでいうイノベーションとは、世の中に後戻りしない人々の行動や習慣、価値観をもたらすアイデアやそれが普及した状態のこと。イントラプレナーは自分の意思を事業や商品で実現させることにやりがいを感じる一方、シリアル・イノベーターはイノベーションを起こし続けること自体にワクワクします。ある食品メーカーで、鍋だしを1人前のキューブ状にして売りだした開発者は、「次はどんな仕事をしたいですか?」という質問に、「まったくノウハウがない海外市場で、新商品を1から生み出したい」と答えました。自分が育て上げた領域にすら執着せず、常に新しい課題に挑戦することに関心がある人種。こういう人たちが企業にはいて、新しい製品が生み出されてきたんですね。

理工系はシリアル・イノベーターへの近道

シリアル・イノベーターの基本的素養の一つは、理工系の研究に通じていることだと私は思っているんです。技術の基本がわかる人は、新しい課題に向き合うときでも、その解決プロセスやゴールが思い描けます。例えば、ビデオカメラの手ブレ補正を発明した人は、そのアイデアを思いついた瞬間に、自分が考えた技術が製品にどのように導入でき、それを手にするお父さんが子どもの運動会で並んで撮影しているイメージが浮かんできたそうです。技術が作用することの本質がわかるから、つくるところから使うところまでがクリアにイメージできるのだと思います。そして、そんな明確なイメージを生み出せるようになると、仲間をつくりやすいし、反対派がいてもその意見に巻き取られにくい。さらに大事なのは、やりきることです。途中で想定と違う課題にぶちあたることもありますが、そんな中でも、着地させる力があるのは、やはり手を動かせて、技術勘が鋭い、実務家なのではないかと思います。

イノベーションの質の変化に、多様性で挑む

キューブ状の鍋だしはわかりやすい例で、ヒット商品をつくった人がイノベーターです。しかし、今はそういった例ばかりとは限りません。たとえばツイッターは、システムなどの技術の上にユーザーコミュニティが関わることで社会的インパクトを生み出している。こういった複雑なイノベーションを、我々は「ネットワーク型」と呼びますが、その中で誰がもっとも貢献したか特定することは難しい。商品を開発した人だけではなくて、そこに関わるコミュニティ自体がイノベーションの構成要素なのです。そうすると、天才1人を発掘したり、育てたりするだけではなく、チームが大事になります。私が共同創設した東京大学i.school* では、受講者を選抜する際、必ず性格や特徴の異なる人たちがチームになるよう、人数配分していました。戦隊モノで色ごとにキャラクターの違う登場人物たちが力をあわせて敵を倒すように、それぞれの役割が高水準で機能するチームがシリアル・イノベーターとなります。だから、その中で自分の役割を確立し、リーダーシップを発揮することが第一歩。そして、人が共感できる未来を描ける力が必要です。そこに人を巻き込めたら、人間の行動、習慣、価値観を変えるような画期的な製品やサービスが、あなたの手でもつくれるかもしれません。 (文 環野真理子)

|田村 大 さん プロフィール|

東京大学i.school共同創設者エグゼクティブ・フェロー。2005年、東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。博報堂イノベーションラボにてグローバル・デザインリサーチのプロジェクト等を開拓・推進した後、独立。人類学的視点から新たなビジネス機会を導く「ビジネス・エスノグラフィ」のパイオニアとして知られ、現在は、地域や組織が自律的にイノベーションを起こすための環境及びプロセス設計の研究・実践に軸足を置く。京都大学などで非常勤講師。

*東京大学i.school…東京大学知の構造化センターが主宰する、1年間の全学教育プログラム。