人生の研究テーマを追求した先に 見えた新たな挑戦 中西 もも
高校生の頃、イモリの発生について学んだときに、生命はなんてシステマチックにできているんだろうと感心したという中西さん。自分の道のりをふりかえると、その根底にはいつも科学が好きだという想いが流れつづけていた。しかし、「好き」を追求するその方法はあることをきっかけに大きく変わった。研究者から科学を伝える人へ、そのとき彼女はなにを考えたのだろうか。
研究が好き。ひた走った学生時代
大学院では、マウスの受精卵が分化して胎仔になるのか、母親とつなぐ胎盤になるのか、胚発生における「最初の運命の分かれ道」を決める要因をエピジェネティクスの観点から研究していた。「胎盤ってお母さんが胎児のために用意するようなイメージがあるかもしれませんが、じつは受精卵由来で、胎仔の方が母体の子宮組織に浸潤しながら胎盤をつくるんです。」そのアグレッシブさに惹かれたという。学部での1年の研究期間は、研究した実感を得るにはあまりにも短すぎた。大学院への進学に迷いはなく、数年がたち、実験がうまくいくようになると研究がさらに楽しくなっていった。「もっと研究したい、自分の手で解明したい。」その想いとともに博士課程に進学、在籍中に嬉しいニュースが舞い込んだ。発表した論文がずっと憧れていたカナダの有名な研究者Janet Rossant 博士の目にとまった。これをきっかけにJSTの国際科学技術共同研究推進事業による日本—カナダ共同研究支援プログラムに博士研究員として携わり、Rossant博士の研究室で博士研究員として研究を続けることができるようになった。
私の人生の研究テーマはなんだろう
博士研究員へのキャリアアップは、彼女に転機を与えた。なぜなら、学生の頃のように与えられたテーマではなく、自分で研究テーマを探さなければならないからだ。そこで初めて、自分でやりたいことを、改めて考えた。自分はこの先何をやっていきたいのだろう。その問いは研究テーマの枠を超え、自分の人生のテーマにまで至った。そのとき、彼女はあることを思い出す。「親類や大学外の友人に大学で何をしているのか訊かれた時に、自分の研究の話をしても、どうせわからないから説明しなくていいよと言われたことがあるんです」。自分がこんなにも好きでワクワクする科学がなぜこんな風に拒絶されてしまうのだろう。科学のおもしろさをもっとたくさんの人に感じて欲しい。そう考えた結果、彼女は自分の手で実験をする研究の道ではなく、新たな道を歩む選択をした。
ビジネスとつなげて、生活の中に科学を
2015年5月より、中西さんは国立研究開発法人科学技術振興機構で働いている。基礎研究の分野では時間と研究費がかかるため、国がお金を出さなければ前に進まない。税金を使って研究をするからこそ、科学に携わっていない人も興味がもてれば、それは結果として国の科学技術の進歩にもつながっていく。そのために「研究を伝える側の人になろう」と考えたのだ。今は、産学連携展開部で、事業化を目指す研究シーズを持つ研究者と、起業のノウハウを持つベンチャーキャピタルとの仲介などを行う事業に携わっている。「産学連携を通じて今ある科学技術を身近な生活に役立てることが、科学の価値を広く伝えるための一歩目になるのでは。」と考えたのだ。
これまでずっと研究を続けてきた中西さんにとって、ビジネスや起業の世界は初めてだ。「これからが修行です」と言いながらもその姿はどこか楽しげだ。研究者はともすると目の前の研究テーマだけに注目しがちだが、中西さんは違った。研究テーマではなく人生のテーマを追求した彼女にとって、新たな挑戦は楽しくてしょうがないようだ。 (文 上野裕子)