良いテーマと出会うには、「聞いてみる・やってみる」 平竹 潤

良いテーマと出会うには、「聞いてみる・やってみる」 平竹 潤

京都大学 化学研究所 教授 平竹 潤 さん 農学博士

京都大学の平竹潤さんは、株式会社ナールスコーポレーションの技術顧問でもある。
細胞内のコラーゲン産生量を2〜3倍にする酵素阻害剤 「GGsTopTM(ナールスゲン®)」を開発し、この化合物の化粧品や医薬品への応用を目指した事業をスタートしたのだ。
基礎研究者としての興味を追いかけてきた結果、事業化にまで行き着いた平竹さんの、研究テーマとの向き合い方を聞いた。

化学の視点で酵素の仕組みを解明する

「好きな研究ができるなら、それ以上は何も望むことはないと思っていました」。
生体分子の化学的に無駄のない構造に感銘を受け、研究者を志したという平竹さん。
触媒を使って新しい反応を開発して有用物質をつくる「反応開発」を手がける中で、興味は有機触媒である酵素へと向かった。
「酵素は優れた触媒でしたが、あくまでも物質を創るための道具でした。そこで、酵素そのものの機能や反応のメカニズムに興味を持ち始めたのです」。
酵素の構造と活性中心で起こっている仕組みを理解するためには、その働きを邪魔する阻害剤をつくることが必要だった。
平竹さんが一連の阻害剤開発の中でつくったのが、生体内で毒物の除去などに働く重要なペプチド、「グルタチオン」を分解する酵素GGTの阻害剤「GGsTopTM」だ。

研究を突き詰めて、事業化のチャンスが生まれた

事業化に関わる転機は偶然に訪れた。
GGsTopTMについての研究を進める過程で、当時博士課程の学生が見つけた論文に、肝臓の細胞でグルタチオンの量が減るとコラーゲンの量が増えるという結果が紹介されていたのだ。
肝臓の細胞でコラーゲンが増えると肝硬変になる。
しかし、皮膚の細胞にとっては肌のハリやツヤといった美容をもたらす成分となる。
「それならば皮膚の細胞にGGsTopTMを添加するとコラーゲンが増えるのではないかと思い立ちました」。
早速、論文の著者に問い合わせ、GGsTopTMを提供してその反応を調べてもらった。
結果は大成功で、皮膚の線維芽細胞の中でコラーゲン量が約3倍程度に増加した。「この結果を見て、化粧品に応用できると確信しました」。
これらの結果をもとに、事業化を目指す研究費に応募し、採択を受ける。
研究は軌道に乗り、2012年の3月に大学発ベンチャーとして「ナールスコーポレーション」を立ち上げるに至った。
GGsTopTMはナールスゲン®と名を変え、アンチエイジング化粧品の新成分として販売されている。

ヒントはいろんなところからやってくる

会社設立に際し、平竹さんは、大学の先輩で製薬企業で創薬の経験のある松本和男さんに経営を任せ、自らは技術顧問として事業に関わることにした。
「私はあくまで大学の研究者で、その役目は研究と教育だと認識しています」。
研究結果が人の役に立てることがわかり、事業にも意欲的に取り組んでいるが、本業はあくまでも未知の事象や化合物を追求する研究だという。
「テーマはいろんなところからやってきます。人から相談を受けたことが良いテーマになったりもするし、やってみないとどう発展するかはわかりません。だからこそ、外から持ちかけられた相談はまずはできるかぎりじっくり聞いてみます。これは良いテーマになりそうだ、という勘を養えるよう、自分の引出しをたくさん持つことも大切です」。
学生には、得意なことや研究テーマの価値をきちんと理解してもらった上で、対話しながらテーマを決めるようにしているという。
「自分から問題点を見つけ、人に相談する習慣が身についている人が研究で成功できると思います」と言う平竹さん。
与えられたテーマでも自分から問題点を嗅ぎ取り、相談できる力が良いテーマを引き寄せる勘を養うのだろう。
一歩ずつ、研究力を上げる階段を上っていこう。

|平竹 潤 さん プロフィール|

1985年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了。農学博士。米国イリノイ大学シカゴ校博士研究員を経て、1996年、京都大学化学研究所助教授、2008年から現職。主な専門分野は、生物有機化学、酵素化学、有機合成化学。株式会社ナールスコーポレーション技術顧問。