実現したい世界があれば、アイデアも技術も後からついてくる 水口 佳紀
便から腸内環境を分析して健康情報に変換する株式会社メタジェンの取締役を務める水口佳紀さんは、博士課程教育リーディングプログラム 東京工業大学情報生命博士教育院生として研究も続けている。同じ専攻の友人と考えたアイデアは、様々な人との出会いを経て法人化までたどり着いた。今は、この会社を発展させることに奮闘を覚えつつ、自身の夢に一歩ずつ近づく感覚を楽しんでいる。
水口 佳紀 さん
株式会社メタジェン 取締役COO
偶然の出会いに巻き込まれる
大学院では、三次元的な臓器や組織を構築するために、細胞の増殖や分化を制御する機能性タンパク質からなる、生体微小環境を模倣した人工細胞外マトリックスの開発を行っている水口さん。高専時代から医療分野に興味をもっており、「病気のない世界をつくりたい」と話す。
自分の目指す世界の実現について自由に発想する水口さんに、修士1年の夏、図らずも今後の人生を変える出会いがあった。ものづくりに特化したベンチャーの発掘・育成イベント「テックプラングランプリ」の担当者だ。確立した技術があることよりも、「それによってこんな世界を実現したい」という熱意が評価されるのが特徴。熱心に誘われたこともあり、軽い気持ちで応募を決めた。
とはいえ、具体的な技術もアイデアももっていない。そこで、同じ教育院の友人とともに専門性を活かして考え出したのが、「次世代トイレ」というアイデアだった。便器に取り付けたDNA検査装置を使って便から腸内細菌叢を分析し、排便者へ健康状態をフィードバックする。しかし、実現可能性が低く落選してしまう。
3度目のチャレンジで勝ち得た優勝と仲間
何気ないことがきっかけで応募したが、気がつけば誰よりも夢中になっていた。諦めずにアイデアを改良し、2回目のテックプラングランプリにエントリーするも、再び落選。しかし、熱意を伝え続けた水口さんにチャンスが訪れた。エントリーチームのメンターであるリバネスのスタッフから、腸内細菌叢のメタボローム解析、メタゲノム解析などのアプローチでヒトの腸内環境を研究する、慶應義塾大学の福田真嗣さんと東京工業大学の山田拓司さんを紹介されたのだ。彼らの持つ技術やビジョンと水口さんの熱意が合致、便から病気ゼロの世界を実現することを目指し、チームMetaGenを形成することとなった。そして、ヘルスケアに特化したバイオサイエンスグランプリに応募し、3度目の正直で優勝を果たしたのだ。それから約2か月後の2015年3月に株式会社メタジェンを設立、さらに8月には、山形県鶴岡市に研究所を開設した。
やりたいことがあるから楽しめる
水口さんは現在、メタジェンの取締役と博士課程学生という2足のわらじで活動している。朝、研究室に行った後、仕事で夕方まで外出し、夜からまた大学に戻って実験する日もあるそうだ。ハードな生活だが、病気のない世界の実現に一歩ずつ近づいていく高揚感には代えられないのだろう。「会社ができて、取締役に就任することになったときも、迷いはありませんでした。むしろ、ワクワクしています」。
メタジェンがまず目指すのは、便から腸内環境を分析し、個々人の健康情報に変換するサービスを構築することだ。「今のメタジェンは、まだ生まれたての赤ん坊と一緒でできることは少ないですが、夢と希望と壮大なビジョンに溢れています。私たちの夢に共感してくれる人とぜひ一緒に働きたいですね」と、水口さんはカラッとした笑顔で話してくれた。これからも彼は、自身の夢を語り続け、実現へのチャンスを掴んでいくのだろう。 (文 金子 亜紀江)