挑戦の先に見えてきた ヒトとイヌの絆 菊水 健史
1万5千年以上前からヒトと共生してきたイヌは,ヒトの最良のパートナーとされている。単にかわいいというだけでなく,ヒトの健康面や精神面,コミュニケーションにおいても重要であるとされている。しかし,その関係は科学的には明らかにされていなかった。そこで麻布大学獣医学部の菊水健史さんは,ヒトとイヌの間に科学的に特別な絆があると仮説を立て,世界初の研究に取り組んでいる。
愛情ホルモン「オキシトシン」
幼少期から野生動物が好きだった菊水さんは,ヒトを含む動物社会の成り立ちに興味をもっていた。特にイヌはヒトと親しい関係を築いてきたが,その絆形成のメカニズムについては,ほとんど研究がされてこなかった。菊水さんらは,動物の絆の形成に重要であるとされている「オキシトシン」を測ることで,ヒトと犬との間に存在する特別な絆の証明を試みた。オキシトシンとは脳でつくられるホルモンで,相手への愛情や信頼関係を生み出す効果があり「愛情ホルモン」とも呼ばれているものだ。
ヒトとイヌに認められた特別な絆
菊水さんらは,ヒトと交流をもった際のヒトとイヌ体内でのオキシトシンの濃度変化を検証した。飼い主をよく見つめる群とそうでない群では,よく見つめる群でヒトでもイヌでも尿中のオキシトシン濃度の上昇が確認され,ヒトとの絆を形成していることがわかった。異種の動物間で確認されたのはこれが世界初である。イヌと共通の祖先をもつがヒトと共生をしないオオカミでは,同様の変化がみられなかった。このことから,イヌはヒトと共生していく過程で特別な絆形成のしくみを得ていたことがわかった。イヌとヒトとの絆を初めて科学的に証明したこの研究は,有名な科学誌『Science』の表紙をかざった。
失敗を恐れるな
今後,菊水さんはヒトとイヌとの間の絆形成の関連遺伝子を見つけ,さらなるしくみの解明をしたいと考えている。「挑戦的な研究ほど成功率は低い。でも失敗を恐れてばかりでは何も変わらない。失敗したなら問題点を修正すればいいだけ」。目に見えない絆を可視化しようとする菊水さんの挑戦は,これからも続いていく。 (文・金城 雄太)
菊水 健史さん
麻布大学 獣医学部動物応用科学科
伴侶動物学研究室 教授