繊維型細胞培養技術を、事業化により社会へ広める 竹内 昌治・安達 亜希
細胞を凝集させたスフェロイドが組織再生や創薬を始め、多様な研究の中で使われるようになって久しい。また細胞シート技術からの発展としてシートの多層化による三次元組織の構築や、培養環境の硬さ制御によるOrgan Bud形成など、様々な細胞、組織培養技術をもって医療に資するための挑戦が続いている。この流れの中、ファイバに細胞を閉じ込める新たな培養技術を確立した東京大学の竹内昌治教授と、その事業化に挑む株式会社セルファイバ代表の安達亜希氏にお話を伺った。
ERATOの成果としての起業
東京大学の竹内研究室といえば、MEMS技術を用いて細胞折り紙を作ったり、5mmサイズの人型組織を作ったりと、工学的な視点でのバイオ技術開発でのニュースに事欠かないラボだ。2010年から始まったERATOの竹内バイオ融合プロジェクトでは、ネジやバネ、歯車のように細胞同士を組み合わせ、ボトムアップ型の三次元組織構築を目指す技術開発が進められてきた。ハイドロゲルの中空ファイバ内に細胞と細胞外マトリクス(ECM)を閉じ込めることで、直径100μmの繊維状組織(細胞ファイバ)を作る技術も、このプロジェクトから生まれたものだ。神経や筋肉、血管など体内にあるひも状構造を模倣した組織を形成できるこの技術が2013年にNature Materialsに掲載されると、実用化を狙う企業から数多く声がかかったという。「ただ、各社の興味の範囲は絞られていて、プラットフォームとしての培養技術を実用化するには自分たちで起業するしかないかなと思ったんですと竹内氏は話す。
シート化も立体化もできる基盤技術
細胞ファイバが持つ可能性を最大限に活用するため、代表者として立ちあがったのが安達氏だ。竹内研出身の彼女は、民間企業でマーケティング業務を行っていたが、2014年10月に研究員として研究室に戻り、2015年4月に株式会社セルファイバを登記した。
竹内氏と安達氏は、細胞ファイバを「スフェロイドの代替となりうる三次元培養技術」と考えている。ハイドロゲルにより直径を規定できるため、内部に栄養や酸素が浸透することを保証しながら、長期間の培養ができる。また糸を織るようにシート状構造を作ったり、3Dプリンタのように積層することで立体的な構造を作ったりできることも、単純な系ではあるが既に確かめられている。
これまでに膵島ファイバを糖尿病モデルマウスの腎臓皮下に移植することで血糖値を抑制するという機能再建を実証した。また脂肪細胞のファイバ化とその状態での成熟を確認しており、乳房再建に利用できるのではと考えている。
幅広い応用を狙い、ビジネス展開を練る
細胞ファイバは再生医療だけでなく、研究ツールとしても有用なはずだ。例えばこれまで、グリア細胞に立体的に囲まれた状態で神経細胞集団を繊維状に培養する技術など存在しなかっただろう。また、ファイバ内で筋繊維を形成し、それを束ねて太い筋肉組織を作ることもできるかもしれない。細胞ファイバそのものの販売に加え、簡便に製造する装置を作り、新たな研究用機器としての商品化も可能だろう。 「再生医療や創薬研究、培養肉、また細胞センサなどへの展開を考えています。さらに他の培養法と組み合わせることで、体外で生体組織を構築する新しい技術を作っていけるはずです」。研究成果を社会にとって価値あるものにするため、ビジネスというフィールドに漕ぎだしたセルファイバと竹内氏の今後に期待したい。(文・西山哲史)
関連リンク
東京大学 生産技術研究所 教授 竹内 昌治 氏
株式会社セルファイバ 代表取締役社長 安達 亜希 氏