海洋微生物を用いた生鮮食材の変色防止技術 今田千秋
生鮮食品の変色は、味や安全性など食品としての品質が保たれていたとしても、その価値を著しく下げてしまう。東京海洋大学海洋科学部の今田千秋教授は、この変色防止に効果のあるチロシナーゼインヒビターを産生する海洋微生物(Trichoderma viride H1-7株)を見出した。この天然由来の変色防止剤の研究最前線に迫る。
生鮮食品の褐変による価値損失
生鮮食品の変色は日常よく目にすることだ。レタスの切断面の褐変や皮をむいたリンゴの変色も、安全性や味を大きく損なうようなものではないが商品価値を著しく下げる。例えば、褐変によってエビの価格は2割程度にまで低下するという。通常、食品の変色防止には、亜硫酸塩やエリソルビン酸ナトリウム、イソアスコルビン酸ナトリウムなどの酸化防止剤が用いられるが、これらは食品の味を変えてしまう。現在のところ、食品の味を変えず人体に安全な天然由来の変色防止剤は市場にはない。
釣餌への活用
変色防止剤として、食品への直接の活用には食品添加物登録が必要である。この基準を満たす各種安全性試験に係る高額な費用などその登録は容易ではない。そこで、まず着目したのは釣餌の分野だ。釣りにおける対象魚も、褐変した餌に対する活性は低くなる。上述のチロシナーゼインヒビターにより褐変を抑え、さらに、プロテアーゼインヒビターを併用することで、オキアミなどの傷みやすい釣餌の品質を生鮮食品と同様に保持することが可能だ。釣行試験の結果、褐変防止などの処理をした餌で、釣果の向上が示唆され、現在、さらに釣行試験を実施し検証している。
各種甲殻類における効果検証と流通への適用の模索
釣餌の品質保持剤として実用化の可能性が見出されたことから上市を視野に研究を重ねている。一方、さらなる高付加価値な用途開発も検討している。チロシナーゼインヒビターとして機能する酵素阻害成分は、当該微生物の培養液中に含まれている。この培養上清液を海水などで希釈し、これにクルマエビ、ヒラツメガニ、ガザミなどの甲殻類を浸漬した試験では、濃度依存的に黒変が抑制されることが認められた。食品添加物としての登録の費用や煩雑さを避けるために着目しているのが、クルマエビなどの甲殻類を梱包する際に用いるおがくずなどの包装用資材への本培養液の適用だ。これが実用化できれば、変色による商品価値の低下やフードロスの削減が実現できる流通現場の新たな選択肢となるだろう。(文/岡崎敬)