夢に近づく道の中で、自分自身も変わっていく 青柳 誠司

夢に近づく道の中で、自分自身も変わっていく 青柳 誠司

ロボットをつくるとしたら、あなたは何から取り掛かるだろうか? 日進月歩で進むロボット開発の研究。様々な開発環境やアプローチがある中、関西大学の青柳誠司さんは、大学で「生き物を真似る」研究を行うことによって、この難題に挑もうとしている。その背景には、なりたい自分に近づくためのヒントがあった。

生物の仕組みを真似るという発想との出会い

子どもの頃から理科が大好き。理学系の研究をしたいと考えて東京大学に進学した青柳さんは、教養課程で「エンジニアリング」の考え方に出会った。当時は介護ロボットなど、身近な生活の中で応用できるロボットの開発が始まった頃だった。役立つものをつくりたいという思いに目覚め、専攻課程では工学部に進学する。

「究極は鉄腕アトムみたいなヒト型ロボットをつくりたい」という憧れをもっていた青柳さんだが、ヒト型ロボットはいきなりできるものではない。ロボットの要素となるセンサー・アクチュエータ、環境認識技術などの研究が必要だ。研究室に配属されて最初に任されたのは超音波センサーの開発。まだキネクトのように簡単に安く画像を処理できるセンサーがなく、移動ロボットでは超音波センサーで環境を認識することが大きな流れだった。「コウモリのように超音波が物体にあたって跳ね返った音で物体を認識するセンサーができないかと考えたのです」。この研究が、青柳さんの生物を真似るという発想との出会いだった。とはいえ、「そう簡単にいかなかったですね」。人間には認識できない超音波をスローで再生し、跳ね返ってきた波形を何パターンも学習させるなど、地道な開発を続けた。

ロボット開発に携わるいくつもの道の中で強みを見出す

ロボットをつくるという目標を掲げているにもかかわらず、実際は要素技術の研究に留まっていることから、小さいことしかやれていない、という思いもあった。しかし、ロボットはトップクラスの様々な技術を集めて初めてできるものだ、とも考えた。研究テーマやポストに恵まれる縁も続いて、その後もロボットに搭載するマイクロマシンやアクチュエータの研究を続けたという。

生き物を真似る研究は、青柳さんの研究の強みの1つとなった。大きな転機となったのが、蚊の針を真似た無痛針をつくる研究だ。人間は、蚊に刺されたときに痛みを感じない。青柳さんは、蚊の針の構造を工学的に再現し、注射などに活用する技術の開発を進め、この研究は世間に注目された。

ロボットをつくるというゴールが10合目だとすると、生き物を真似ることで6〜7合目からスタートできる、と青柳さんは言う。「生き物を観察したり真似たりする技術も進み、さらに様々な技術の研究者が協力してロボットをつくる雰囲気が社会的に広がっています。イノベーションが生まれやすい時代になってきたと思います」。

役立つ技術を目指す中で、考え方が進化した

青柳さんは今、無痛針の実用化を目指している。研究レベルから、実際に役に立つものをつくるための第一歩だ。アカデミアと企業で迷い、アカデミアに進んだときは、「自分で自分の研究を進められることが魅力だ」と感じていた。しかし、安全性試験や開発コストの削減など様々な課題が立ちはだかる中、メーカーや医師の意見を仰いだり異分野の学会に参加したりして関わる人が増えたことで、「自分で進める」ことに魅力を感じていた青柳さんの研究への考え方にも変化が生じる。「自分の仕事だからといって、自分の意見を押し付けてもうまくいきません」。自分がプロでない分野の知恵を借りることも多い。時には自分の「やりたい」ことを抑えて、チームを別の道のプロとして尊重し、その声に耳を傾ける「謙虚さ」が、結果として好きなことを実現するのに大切になるのだ。

夢への道筋がいきなり明確になったりする人や、自分の道をまっすぐ切り開いていける人は少ない。それでも、一歩ずつ、得られたチャンスや選択の機会に、自分なりの答えを出して行動していけば、自分の役割が生まれたり、これまで考えてこなかった視点や意味が見えてきたりすることもある。この仕事の魅力をまた1つ発見し、青柳さんのチャレンジはまだ続いている。 (文 神庭 啓介)

青柳 誠司さん プロフィール

1988年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学修了。金沢大学工学部助手・助教授、関西大学工学部教授、カリフォルニア工科大学客員研究員等を経て、現職。博士(工学)。