人との接点を探り続け、共同で研究を広げる 田中 宗

人との接点を探り続け、共同で研究を広げる  田中 宗

2015年11月、早稲田大学と株式会社リクルートコミュニケーションズとが量子アニーリングによるデータ分析手法の開発を目的として共同研究契約を締結したことが発表された。その中心にいるのが、同大学高等研究所の田中宗助教だ。30代半ば、研究者の世界ではまだまだ若手と言える年齢ながら、企業を含む各所で講演を行い、ネットワークを広げている。

研究分野のフロンティアを開拓する

 田中氏が現在中心的なテーマとしている量子アニーリングは組合せ最適化問題の解法のひとつであり、いわゆる量子情報処理の実現方法として最も注目を集めている方式だ。組合せ最適化問題は膨大な組み合わせから最適な解を探すもので、一つずつしらみつぶしに調べていく方法では膨大な時間がかかってしまう。これに量子アニーリングを使うことで高速かつ高精度に解が得られると期待されている。だが実際は「あらゆる計算が速くなる」わけではない。「今はまだ、何に使えるのかよく分からないのです。こういう問題に使えるんだ、という予想を一つずつ実証していけば、この分野への期待が高まり、今後の研究開発の速度も増していくはずです」。田中氏は量子アニーリングがどのような問題に適しているのか、その問題を解くためにどう実装するのか、また、そもそもなぜ良い性能性能を出せるのか、といった観点から理論研究を進めている。

「勝手研究」が自分の軸を作った

 振り返ると、最初の研究テーマは統計物理学だった。修士に上がるときに所属を変え、博士号取得後は同じ場所に3年以上所属したことがない。テーマも物性理論、量子情報、磁性化学、などと乗り換え、早稲田大学に着任するまで、量子アニーリングがメインテーマになったこともなかった。この研究に水面下で着手しはじめたのは、博士3年の2月。学位審査も終わり落ち着いた頃、機械学習が専門の友人と取り組み始めた勝手研究だった。「もともと“これをやり続けよう”という信念があったわけじゃないんです」。意外と応用性が高く、所属が変わってもその時々の研究と繋げることができたため、「おもしろいから」という気持ちで研究し続けた。結果的には各職場で多様な人物に触れ、その考え方を自分の内に取り込みながら続けたこの研究が、いつしか自分の軸になっていった。

大切なのは他文化に対するリスペクト

 足を運ぶ先が産業界にも広がったきっかけは、友人からの問い合わせだった。雑誌の編集者への取材協力や、電機メーカーの方々と知り合ったことがきっかけで、社内勉強会を開くことになった。共同研究への発展も、そこでの出会いが始まりだ。「大切なのは、相手の考え方を想像し、開示できる情報は積極的に明かすことです」。すぐに具体的な動きに発展しなくても、お互いの状況の変わり目で何かを始められるかもしれない。人と会うハードルを下げて、まめにコミュニケーションを交わす中で、お互いを理解し尊重し、接点を探る。それを続けた結果、「やりたいことがたくさんありすぎて、時間が足りないんです」と苦笑いできる状況が出来上がってきたのだ。(文・西山哲史)

田中宗(たなか しゅう)氏

東京工業大学卒業後、東京大学大学院で博士(理学)取得。その後東京大学物性研究所、近畿大学総合理工学研究科量子コンピュータ研究センター、東京大学、京都大学基礎物理学研究所を経て、現職。個人Webサイト(http://www.shutanaka.com/)にて、研究の情報を随時発信中。