科学コミュニケーションで分野をつなぐ 平田光司
総合研究大学院大学 平田光司教授
1988年10月に開学して以来、高エネルギー加速器研究機構、国立遺伝学研究所、国立天文台など、国を代表する研究機関と連携し、各分野のスペシャリストを養成し続けてきた総合研究大学院大学。2007年、これまでの理系・文系といった枠組みを超え、広い視野と専門性を併せ持つ次世代の科学者を養成するために、新たなコースが設立された。
科学と社会を見つめるもう1つの目
「現存する生物は、すべて過去から続いてきた歴史の産物である(歴史性)」。「多様な生物の1つ1つは、進化の結果として互いに関連し、一体となって生命系をつくっている(多様性)」。
生命科学の発展が社会の中でどんな意味を持つのか?人間としてどう対応するべきか?自分の専門分野に軸足を置きながらも、歴史性と多様性をふまえて生命現象を広くとらえることができる。そんな視点を持つ研究者を養成するために設立されたのが「生命共生体進化学専攻」だ。大きな特徴が、学位論文を作成するための専門科目とは別に副論文制度が導入されていることと、『科学と社会』という科目が設けられていることだ。生命科学を専攻する学生には、STS(Science, Technologyand Society:科学技術社会論)についての副論文を通して、科学と社会のつながりを意識させる。逆にSTSを主専攻にする学生には、生命科学の研究を体験し、副論文を書くことで科学者としての視点を養ってもらう。
学術間のギャップを埋めたい
もともと高エネルギー加速器研究機構で素粒子物理学の研究を進めていた平田さんがSTSに興味を持ったのは、1993年。アメリカの特大プロジェクトの中止がきっかけだった。素粒子物理学の謎を解き明かしてくれるのではないか?そんな期待を抱いていた、超大型の加速器建設。1兆円規模の予算を投資し、研究施設やトンネルの建設などが進んでいる中での、突然の中止だった。アメリカの議会、ひいては国民の支持を失ったことが原因と考えられる。
この出来事を通して、科学とは先端を追い続け、良い研究成果を出すだけでは必ずしも社会によって支持されるわけではないことに気づいた。市民や様々な研究分野との対話を通じて科学のありかたも変わっていく必要があるのだ。その後、総合研究大学院大学で社会と科学のあり方について研究しようと、所属を移すことにした。
これからの研究者に必要なもの
これまで多くの研究者の意識にあった、「科学が進歩すれば、いつかは社会の役に立つ」、「科学が役立つためには、社会が科学を理解しなければならない」といった考え方は、もう通用しない。STSでは、科学と社会の関係を1つの学問として研究する。中でも、平田さんが注目しているのが、科学諸分野におけるコミュニケーションだ。「どんなに専門性が高くても、同時に広い視野も持っていなくては意味がない」。その言葉に表される様に、現在の科学はあまりにも細分化されすぎている。文理の壁、物理と生物の壁、動物と植物の壁といった、大きな壁がある。少し分野が違うだけで、お互いを理解することすら困難になる。
これからの科学者には、研究を行うだけでなく、科学研究という自分の行為について社会的な観点から見ることのできる能力が必要となる。まだまだ完成途上の学問だが、STSは科学者にとっても必須の「教養」として、注目を集めている。