骨から過去を読み解く 本郷 一美

骨から過去を読み解く 本郷 一美

総合研究大学院大学 本郷 一美 准教授

「伝統的な考古学とは違う、新たなアプローチでヒトの生活を見るところが魅力だと思う」。本郷先生の進める動物考古学では、遺跡から発掘される動物の骨から、もっと直接的に当時の動物(野生種も家畜も含む)とヒトとの関係を明らかにすることを目指している。

野生動物の家畜化

狩猟・採集という、自然の資源に依拠する生活スタイルから、農耕・家畜飼育による食料生産に移行したのは、約1万年前。長い人類史を考えれば、ごく最近のことだ。しかし、この変化が、その後の大きな環境・社会の進化につながったことは想像に難くない。

考古学では、石器や土器の模様や遺跡など人類が残した痕跡を研究することで、過去の人間がどういう文化を持ち、どのような生活を送っていたのかを明らかにしていく。本郷先生が研究に利用しているのは、遺跡から出土する動物の骨だ。その大部分は、ヒトが食料などとして動物を利用した後、捨てたゴミが堆積したものであり、当時の生業活動の痕跡が残されている。現在、特に注目しているのが、トルコ地域だ。その理由は2つある。1つ目が、動物の骨をはじめ出土品の状態が良いこと。2つ目が、家畜として大きな役割を担うことになるヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシの祖先種が生息していた地域だということだ。そのため、家畜化が始まった地域として有力であり、人類史における最も重要な変化が、いつ、どのような経緯で進んできたのかを解析するための資料を得ることができる。

骨から解ること

例えば、乳歯なのか永久歯なのか?関節の骨に成長線があるかどうか?これらを調べることで、おおよその年齢を推測することができる。出土する骨の量からは、当時どんな動物が、どのくらい食べられていたのかがわかる。「骨には想像以上に多くの情報が残っています。傷のつき方から道具の鋭さがわかり、当時の文化的な側面が伺える場合もあるんです」。

家畜化が進み、ヒトの手で育てられた動物は、野生種と比べて形態に変化が現れる。牛などの偶蹄類は体が小さくなるし、メスの羊などは角がなくなることもある。豚やイヌは、イノシシやオオカミと比べて鼻面が短いという特徴も出てくる。ヒトの管理の下で、野生種からの隔離状態が長く続くため、遺伝的多様性が減る傾向もあるという。野生種との交雑がない場合、30世代、100年程度で形態的な違いが現れてくる。

動物考古学を学ぶ、理想的な場所

動物考古学を含め、人類学の目的は「あらゆる側面からヒトを明らかにする」ことだ。形態、行動、分化、歴史、総合的にいろんなものを含む研究になる。今の日本では、文学部の歴史学や考古学、理学部の人類学や遺伝学といった具合に、研究分野が細分化されすぎて各分野の融合ができていないという問題を抱えている。

「生命共生体進化学専攻は、人類学を学ぶ上で理想的な場所なんです」。ここには、考古学、生物学、形態学、社会学など文理を問わず様々な専門性を持った教員が、「進化」というキーワードのもとに集まり、独自のテーマで研究を進めている。さらに、お互いの垣根が低く、手法は違えど、同じヒトを理解するという目的に向かって連携が取りやすい環境が整っているのだ。

日本で動物考古学を本格的に学ぶことのできる研究室は5か所程度。その中にあって、大学共同利用機関法人としての顔をもつ総研大では、学際的研究も生まれやすく、動物考古学を学ぶのに最適な場所だといえるだろう。