日本の未就学児研究をけん引するセンターが東京大学に発足 遠藤 利彦

日本の未就学児研究をけん引するセンターが東京大学に発足 遠藤 利彦

発達保育実践政策学センター  副センター長
遠藤 利彦 さん

特任助教
淀川 裕美 さん

特任助教
高橋 翠 さん

東京大学にある発達保育実践政策学センターは、日本の子どもの発達と養育・保育の質に関する研究を行う機関として、今年7月に東京大学大学院教育学研究科附属のセンターとして発足。副センター長の遠藤先生、特任教授の淀川先生、高橋先生へお話しを聞いた。

「日本国内には、これまで乳幼児と養育・保育の質を研究対象とした国立の研究機関がありませんでした。最近アメリカのノーベル経済学賞受賞のヘックマンの知見が有名になりましたが、諸外国では、社会的にも就学前教育の重要性が認知されてきています。子どもの発達と養育・保育の質に関する大規模縦断調査を行い、得られた知見をもとに政策が策定されるというように、実践や研究と政策の関係が変化してきています。日本では、そのような大規模なエビデンスがこれまでありませんでしたので、その必要性が高まり本センターが設立されました。」 と副センター長の遠藤先生は言う。

乳幼児の発達と養育・保育を専門とする研究センターを構えて、その知見を保育に関わる政策策定や人材育成へ反映させたい、と東京大学の秋田喜代美先生と同志社大学の小西行郎先生が日本学術会議へ大規模研究計画のマスタープランとして提案。自然科学系のマスタープランが採択されることが多い中、見事採択され設立への第一歩となった。

基礎研究から、政策策定、人材育成への反映まで
本センターは、子育て・保育研究部門、発達基礎研究部門、政策研究部門、人材育成研究部門と4つの部門から成り立つ。とくに先進的取り組みだと感じたのは、政策研究部門。この部門では、科学的エビデンスに基づいた政策提言へとつなげていきたいと考えている。「現在のいわゆる子育て支援の政策の多くは、子育てをしている親を支援するものになっています。もちろん、親のニーズに応える、という視点は非常に重要になってきますが、親目線ばかりを優先して考えるのではなくて、子どもの発達を考えた上での政策も考える必要があります。」と遠藤先生。

例えば、たくさんの保育所が実施している長時間保育制度では、朝の早い時間から夜遅くまで子どもを預けることが可能だ。母親が正社員として勤務している場合は、必要不可欠な制度ではあるが、長時間、家庭外の保育機関で過ごすことが子どもにどんな影響を及ぼすのか、体系立てた研究はまだされていない。

「子どもの発達に関する科学的エビデンスは、多くの場合、すぐに結果が出るものではありません、地道にデータを集め続けて、5年後10年後と成長を追っていくことによってやっと影響が見えてくる。長いスパンで、縦断的に調査を続けることが必要不可欠なんです。」淀川先生はいう。 そういった研究は、簡単ではない。時間とコストがかかかる。そこを担っていくのがこのセンターの目標だ。

人文科学の研究へのブリッジコミュニケーターが必要不可欠
最後に、人文科学系の研究の課題についても伺った。淀川先生は、「さまざまな人文科学の研究が行われ、重要な知見が蓄積されています。しかし、それらを日々の実践にどのようにつなげていくかというのは難しい問題で、長年議論されてきた研究者側と実践者側の双方の課題があると思います。」と言う。「現場の先生方は、じゃあ、どうすればいいの?と聞かれると思います。研究者がどのように知見を伝えていくか、現場で新しい知見をどのように取り入れるか、情報を発信する側のリテラシーと情報を受け取る側のリテラシーというところまでを考えていく必要があります」と高橋先生も補足する。

研究者と現場をつなぐこと。使う言語からして異なる。研究を理解し、実践者のニーズや置かれている環境も理解し、橋渡しをする。両者をブリッジするコミュニケーターの存在は、自然科学系だけでなく、人文科学系の研究現場にも必要なことだと、改めて実感した。

現在、初年度の調査プロジェクトとして、全国の自治体の取り組み、保育施設の質の実態調査を行っている。アンケートを送る箇所は、数千園にも上るという。まずは実態を把握し、今後の研究ロードマップへ生かしていく。センターウェブサイトには、センターの調査結果を含め、セミナーやシンポジウム情報など、センターの活動を今後も積極的に発信していく予定だ。

筆者のあとがき:
日本の保育環境は、先進国においても引けをとらない、と私は思っていたので、先生方のお話しを聞いてはっとさせられた。もちろん、長い歴史の中で継代されてきた保育理念や手法などに大きな価値はあると思うけれど、ではどんなこどもでも同じ手法がいいのか、こどもの精神発達によりそった手法は・・・など、科学的に検証され、実践されるともっと良い保育環境が実現できるのではないか。2人の未就学児を持つ私は、このセンターの今後の発展を心から応援したいと思う。