本気モードの共同研究がイノベーションを産む 各務 茂夫

本気モードの共同研究がイノベーションを産む 各務 茂夫

オープンイノベーションを取り巻く環境は近年どのように変化してきたのだろうか。東京大学産学連携本部の各務茂夫教授は、7、8年前と比べると大きな変化があったと話す。これまで数々の産学連携や大学発ベンチャー起業の事例を見てきた同氏に今後の展望を伺った。

事業化を促す体制が整ってきた

 オープンイノベーションという単語が声高に叫ばれるようになって久しいが、生命科学分野における研究シーズの事業化の動きが活発化してきたのはごく最近だ。特に再生医療分野においては平成26年11月の薬事法改正に伴う再生医療の取り扱いが変化し、再生医療等製品の早期実用化に向けた承認制度が条件・期限付承認に改正されたことで、上市までの期間短縮が可能になった。「法的フレームワークの有り様が変わったことは大きい。少し前まで生命科学系のベンチャー企業が苦労していたことが今ではクリアできるようになってきた」と各務氏は話す。

とはいえ、ライフサイエンス研究者の多くが大学に籍を置いており、大学から社会へとシーズを導出していく構図そのものは変わらない。法整備と並行して、JSTやNEDO等の、大学発ベンチャーのスタートアップを支援する体制が少しずつ整えられてきたことも重要な要素のひとつだろう。

研究成果の「ショーケース」を創れる人材を

 また、生命科学分野においてバイオ事業のロールモデルがようやく出来上がってきたことも、アカデミアのオープンイノベーションへの意識を高める力強い後押しになっている。東京大学発のベンチャー企業を例に挙げるならばペプチドリーム、ユーグレナ等のバイオ事業の担い手が活躍する姿を目にするようになった。

 「事業化を成功させるには、ビジネスの匂いのする研究データを揃えられる熟達した人材が不可欠です。今、ようやく第一期が育ちつつある」。今後、研究シーズの事業化の担い手となる人材の育成を課題の一つに挙げる各務氏は、率先して担い手発掘と育成に取り組んでいる。同氏が取り組む東京大学「アントレプレナー道場」は、既に11年目に入る長寿プログラムになりつつあるが、これに加えて文部科学省が推進するEDGEプログラム(※1)という研究者を対象としたイノベーション人材育成プログラムにも取り組んでいる。既に学内の研究シーズ30件の事業化構想を立案した。アントレプレナー道場からも約80名、60社以上が輩出されている。

 「必ずしも研究者としてアカデミアに残る必要はない。中には事業化の方が向いている人もいる。そういった人材を発掘して育成する中で、大学側は有望な研究シーズを、研究者は新しい自分を発見する。両者にとって利のある機会を創っていくことは大事だ」。研究者としての優秀さ、経営者としての優秀さはある意味別物だ。事業化のために企業に向けてよりセクシーに見せられるデータは、純粋な真理探究型の研究成果に求められるようなデータとは必ずしも同じではないからだ。研究成果がビジネスの匂いのする「ショーケース」となるように、データを陳列して見せる能力は、ビジネスの論理を学びながら鍛える必要がある。

企業も大学も、本気モードに

 一方で事業化パートナーとなる企業の意識変革が起きつつある。外部との共同研究によりイノベーションを創出し、研究成果を社会実装することは国立大学法人法22条に基づく大学の務め。基本的に大学側としては、共同研究は大歓迎という姿勢だ。「東大では毎年約1,600件の共同研究が行われています。しかし、大学と企業の研究者同士の繋がりだけでは研究成果をイノベーションとして世に出すことは難しいという状況です」。研究開発の成果を事業化するためには研究開発の担当者だけでなく、事業化を担う人材もプロジェクトに参加することも重要であると同氏は考えている。従来の産学連携は共同研究が活動の中心だった。現在はその域を超えて、オープンイノベーションという名のもとに大学発ベンチャーと企業の事業開発者が手を取り合う事例も多くみられるようになってきた。外部連携を通じて今までにない価値を創造するため、企業側も大学側も新たなプレイヤーが参加し、「本気」になってきた。

 今後ますます大学に求められる役割は増えていく。従来の基礎研究、人材育成、産学連携に留まらず、自ら事業投資を行って研究シーズを社会に実装する試みも始まっている。「例えば京都大学のiPS細胞は、生命科学と工学の研究領域がうまくクロスして1つの研究アセットとして活用されている。このような技術を産む基礎的な研究はやはり大学の重要な機能です」。事業化の核となる基礎技術が基礎研究から産まれることは紛れも無く、将来的に大きな価値を産む可能性を持っており、研究が大学の最も重要な機能であることは揺るがない。

 事業化の推進とその素地となる基礎研究の推進、その両方を同時に回しどちらにも良いフィードバックを促すための最適な大学、企業、研究者それぞれの在り方が今まさに議論されている。(文・中嶋香織)

(※1)グローバルアントレプレナー育成促進事業(EDGEプログラム)は、文部科学省が我が国におけるイノベーション創出の活性化のため、大学等の研究開発成果を基にしたベンチャーの創業や、既存企業による新事業の創出を促進する人材の育成と関係者・関係機関によるイノベーション・エコシステムの形成を目指し平成26年度から開始した人材育成事業です。