シャジクモ 〜水中から陸上へ〜

協力:

伊藤 元己 東京大学大学院 総合文化研究科 教授
坂山 英俊 東京大学大学院 総合文化研究科 助教

緑あふれる山間の,鏡のような湖。静かな湖面をのぞいてみれば,その中に陸上に劣らないくらいさまざまな生物がいることに気づくでしょう。だって,生命はもともと水の中で生まれたのだもの。

陸上植物の祖先

陸上植物が生茂しげる湖の岸辺から少し離れた薄暗い水底に生える,緑色の車輪の軸のようなシャジクモ。植物が陸に上がったと考えられている約4億5,000 万年前よりもずっと昔から,水中で繁栄してきた藻そうるい類です。日本でもさまざまな種が知られていますが,シャジクモの生息場所は人間活動の影響を受けやすい場所。現在多くの種が絶滅の危機に瀕ひんしています。でも,消えないで。まだ知りたいことがあるのです。なにしろシャジクモは,陸上植物の祖先に最も近縁な藻類だと考えられているのですから。

シャジクモの生活環

シャジクモの特徴は,単純な枝分かれ構造と,カラフルな生殖器官。陸上植物と同様に,卵細胞(卵)と精細胞(精子)による卵生殖を行います。ただし,陸上植物と大きく違っているのは,その藻そうたい体が1組の染色体しか持たない一倍体の細胞でできているということ。ここで思い出してみてください。種子植物などの植物体は2組の染色体を持つ二倍体です。一倍体なのは,減数分裂によってつくられた生殖細胞だけです。その生殖細胞が融合することで二倍体の受精卵ができ,それが体細胞分裂をくり返して新たな植物体をつくります。シャジクモも同様に,生殖細胞の融合によって受精卵ができますが,体細胞分裂の前に減数分裂が行われます。そして一倍体の細胞が分裂することで藻体ができるのです。つまり,シャジクモでは二倍体の細胞が多細胞になることがありません。

水中から陸上へのストーリー

それでは,いつどのように多細胞の二倍体が誕生したのでしょうか。初めて陸上に進出した植物が多細胞の二倍体を持っていたのかどうかは今のところはっきりしていません。しかしシャジクモの生活環から,陸に上がった後,受精卵の減数分裂に先立って体細胞分裂が起こるようになり,やがてコケ植物,シダ植物,種子植物というように二倍体の植物体が目立つ植物へと進化していったと考えられています。もちろん,私たちは水中から陸上への進化を目の当たりにすることはできません。けれども,今生きているシャジクモとその他の陸上植物の関係を調べることで,私たちは陸上植物の起源に思いをめぐらすことができます。シャジクモは陸上植物の起源を知るためのカギとなる生物なのです。

伊藤 元己 プロフィール:

東京大学大学院 総合文化研究科 教授。1987年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。2000年東京大学大学院に赴任,2006年より現職。

坂山 英俊 プロフィール:

東京大学大学院 総合文化研究科 助教。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。

現在の所属:神戸大学理学部生物学科・理学研究科生物学専攻