街を教科書に 志の教育を(カンサイ・サイエンス・ヤードに寄せて)

街を教科書に 志の教育を(カンサイ・サイエンス・ヤードに寄せて)

学校法人追手門学院 学院長 竜田 邦明

1940 年大阪生まれ。1968 年に慶應義塾大学大学院博士課程修了(工学博士)。米国ハーバード大学博士研究員から、慶應義塾大学、早稲田大学、ケンブリッジ大学およびオックスフォード大学教授を歴任。2010 年より母校の追手門学院にて学院長を務め、現在に至る。
2009 年の日本学士院賞のほか、藤原賞、日本化学会賞、紫綬褒章など受賞歴多数。手がけた化合物のうち、1つでも製品化されれば運が良いといわれる創薬研究において、4大抗生物質を含む102 もの化合物の合成に成功し、5つの医薬品を世に送り出している。「世の中に必要とされるものを合成する」というスタンスと、「手がけた化合物の全合成を全て達成する」という業績から、「Dr. 全合成」と呼ばれている。

街を教科書に 志の教育を

(第1回カンサイ・サイエンスヤードに寄せて)

一生かけて熱中できるものとの出逢い

大阪城のふもと、追手門学院で育った私は、中学1年生のときに、遥か遠い英国の研究者が、生物共通の設計図であるDNA の構造を明らかにしたというニュースを聞きました。彼らが組み立てたのは、たった4 種類の分子(塩基)からなる美しい螺旋を描いた分子模型でした。この発見から広がる未来を想像したときの、胸の高鳴りを今でも覚えています。そこから「生命現象を化学で語りたい、解明したい」という夢につながり、大学では医学部から工学部に転部して、抗生物質の研究を始めました。一貫して取り組んできたのが、入手できる最も単純な化合物から出発し,複雑な構造を有する天然物そのものを化学的に合成する「全合成」と呼ばれる研究でした。これは、構造と活性を明らかにするだけでなく、従来の化学が正しかったことを立証でき、さらに新しい反応や方法論を見つけることにもつながるのです。一晩寝ずに80工程ある合成方法を、詰め将棋のように一気に考えることもありました。より美しくよりシンプルな方法を求めて、時間を忘れて熱中したものです。
「DNA の発見」という歴史的なニュースをタイムリーに知ることができたこと、そして抗生物質という一生をかけるだけの価値ある研究テーマに出逢えたことが、今の私につながっています。果たして、現代の子どもたちに、そのような出逢いや機会がどれだけあるでしょうか。私達には、その場を提供する義務があります。

本物を見せる「共育」

街を見渡せば、高層ビルが立ち並び、陸・海・空と縦横無尽の流通網で常時手元に届く国内外の品物。蛇口をひねれば水が出て、栓を回せば火が点く。この豊かさを作ったのは、人生をかけて自分のテーマを極めてきた、科学者・技術者たちなのです。特に関西は、薬の道修町、石油化学の阪神工業地帯、醸造の灘・伏見など「ものづくり」が盛んな街です。私たちのまわりには、生きた教科書がいっぱいあるわけです。
今の私たちが、子どもらにすべきことは、そのような身近な技術や根底にある科学の不思議を、できるだけ噛み砕き、自分の言葉で伝えることではないでしょうか。薬がどのように作られ、作用しているのか、ヘリコプターはどういう原理で飛ぶことができるのか、実験を通して示してあげる。こういう教室に参加するだけでも、子どもたちはとてもワクワクして、科学に興味を持つはずです。
一方で、それは私たち大人にとっても、大きな学びの場になっているのです。子どもたちの興味を惹きつける話し方をする必要がありますし、大人とは観点が違うので、想定とは違うところに興味を持つことも多く、質問にも遠慮がありません。しかし、それが研究や商売など、仕事を進める上で大きな参考になることも事実です。
こういった教室では生徒は、本物に触れるとともに新しい体験が得られ、企業は次世代や、社会の関心がどこに向かっているか直接知ることができる。教育とは、大人と子どもが共に育み合う「共育」なのではないでしょうか。

大阪城から世界に羽ばたく

母校で学校経営に携わる機会をいただいた今、私が子どもたちに伝えたいのは、「大志を抱け」ということです。使い古された言葉ではありますが、自分がどのように生き、どう社会に貢献したいのか、それは決して難しいことではないということを、小さい頃から話し続けてあげる必要があります。
今は全教科でA や優を取るのが良いとされていますが、数学も音楽も社会も国語も、どれに対しても同じく大きな志を持って世界と勝負するのは困難です。また、音楽が好きで体育が苦手な子に、走り幅跳びで優勝を求めるのは、酷な話しです。そうではなく、個人の特徴で勝負する。世界でまったく同じ特徴を持っている人はいませんから、特徴を伸ばせば勝てるチャンスは必ずあります。いかに特徴を伸ばしてあげられるか、それこそが志の教育です。
創立120 周年を期に設立した、ここ大阪城スクエアでは、科学技術の「最先端」や「本物」に出逢う体験を通して、子どもたちに「志」を抱くきっかけを与えたいという熱意で、今後も様々な取り組みを催していきます。保護者の皆様は、日頃から感じている科学的な疑問や、技術の将来展望など、子どもはもちろん、自分のためにも、気軽に参加し、相談できる場にしてください。企業の皆様は、社会や一般消費者とのつながりを持ち続ける場として活用してください。

保護者や企業の皆様、そして私たち学校関係者が協力し合うことで、多くの子どもたちがここから世界に羽ばたいて行くことを願っています。

<追手門学院>
http://www.otemon.jp/