リバネス研究費ニッピ賞 採択者との対談

リバネス研究費ニッピ賞 採択者との対談

服部俊治さん 尾上弘晃さん

服部さんは、東京医科歯科大学にて医学博士号
を取得。同大学難治疾患研究所助手を経て、株式会社ニッピバイオマトリックス研究所研究員。1996 年より、財団法人日本皮革研究所主任研究員も務める。尾上さんは、東京大学大学院情報理工学系研究科にて博士号を取得。日本学術振興会特別研究員(PD)、カリフォルニア大学バークレー校化学科客員研究員を経て、2009 年より、東京大学生産技術研究所竹内昌治研究室にて助教。

コラーゲン商品の開発・販売で歴史のある株式会社ニッピは、昨年、リバネス研究費ニッピ賞を設置した。「コラーゲンを中心とした細胞外マトリックス研究」という募集テーマの中でみごと受賞した東京大学の尾上弘晃さんの専門は、微細加工技術を活用した生体工学。コラーゲンという生体材料と工学、企業研究とアカデミア研究がどのように結びついたのだろうか。今回は、研究費を設置した株式会社ニッピバイオマトリックス研究所所長服部俊治さんとニッピ賞・受賞者の尾上さんにお互いの研究に対する考えを聞いてみた。

常識を破るアプローチがコラーゲン活用に新たな可能性をもたらす

服部 ニッピ賞の設立は、ニッピにとって大きく2つの意義を持っていました。1つ目は我々にないアプローチ方法を持った研究者との出会いです。そのおひとりが、尾上さんでした。

尾上 私はもともとMEMS (Micro-Electro-Mechanical-System)*を使った微細加工技術の研究をしていました。シリコンやガラス、半導体が主な対象だったのです。この研究室に来て、マイクロマシンで細胞を三次元的に加工し、折りたたんだり、形を変えたりして細胞を立体的に再配置することで医療に活かす研究を行っていました。細胞の配置にさらに多様性を持たせる方法を探していく中で、細胞をファイバー(繊維)状に並べることを思いつきました。ファイバー状であればひものように織ったり、束ねたり、巻きつけたりできるようになるからです。そして、その成形を補強する材料としてコラーゲンに着目しました。そのときにちょうど、ニッピ賞でコラーゲンに関する研究を募集していることを知ったのです。

服部 コラーゲン商品の開発は我々の強みですが、成形して医療に活かすという発想も、その成形のためにマイクロマシンを自分でつくるという発想もなかった。新しい発想でコラーゲンの活用の幅が広がることがポイントでした。

尾上 必要に駆られれば実験に必要な装置などは自分で作ります。そのほうが何か問題があったときに修理するのも簡単ですし、自分が本当に必要としているものをつくることができます。工学の出身ならではの視点ですね。ファイバー状の細胞ユニットはガラスの管をプラスチックチューブにはめ込んでつくります。ガラス管にコラーゲンと細胞を入れ、外側にアルギン酸を入れることでコラーゲンをアルギン酸で包んで強度を強化しました。この方法であれば細胞を3つ編みにできるくらいの強度
が実現できます。

服部 コラーゲンの成形は難しいのですが、型にはめて「成形」できるということが驚きでしたね。

尾上 人間の体にある組織は血管、筋肉、などファイバー形状をしたものがたくさんありますので、それらの組織の再生に役立つと考えています。

アカデミアとのつながりが所内に新しい風を吹き込む

服部 今回の審査の過程では、研究所の研究員を審査のプロセスに巻き込みました。全員が1票を持ち、投票をしたのです。様々な人の目を入れることで納得のいく研究に投資したかったし、所内の事業を自分ごとにすることが非常に大切だと思ったので。その中でも尾上さんの研究はほとんどの研究員が我々にないアプローチ方法として興味を持ちました。

尾上 微細加工を突き詰めると、機械による制約より材料の科学的な性質などがもっと影響してきます。材料力学だけ考えていると限界があって、違う材料を探していたので、今回の賞は私にとってもタイミングが良かったのです。

服部 受賞後、所内で講演をしていただいたりもしましたね。尾上さんとの交流は新しい風を所内に吹き込むことができ、所内の人材育成に非常に役立っています。そのことが、ニッピ賞を設立した2つ目の意義となりました。

尾上 私は生体材料について素人だったので、服部さんからコラーゲンのわかりやすい本を貸していただいたり、ご意見を伺ったりしたことが、研究の推進のために貴重な機会でした。

服部 今では研究室同士を巻き込んだ継続的なコミュニケーションに発展し、お互いに信頼関係が築けているので結構激しくやり取りをしたりもしますね。それが良い刺激になってお互いの研究が活性されれば良いのではないかと考えています。

「使える技術」で社会に役立てたい

服部 企業の研究者と接する機会も多いと伺っていますが、企業の研究とアカデミアでの研究の違いを感じることはありますか?

尾上 私が関わっている企業研究者の方は、ビジネスとは切り離して考えてくれているのであまり違いは感じません。基礎的な研究に集中できて助かっています。研究の面白さ、新鮮さという観点から興味を持ってもらえているようです。逆に私が工作のようにつくったものをどう技術として活かすか、という視点でお話していただけることもあるので、非常に刺激的です。

服部 お互いが心地のいい関係を築くにはコミュニケーションでお互いのスタンスや方向性を深く理解し合うことが大事ですね。企業が持っている理念やゴールと向かう方向が一緒だった場合には、一緒に研究をするかたちに進展しやすいと考えています。尾上さんは企業と連携をするために意識していることはありますか?

尾上 企業としては「使える技術」であることが大事だと思うので、アカデミアとビジネスは切り離すと言ってもまずはこちらが「使える技術」にまで持っていきたいと考えています。自分のつくった微細装置やそれを用いる発想に興味を持ってくれるとうれしいですね。

服部 こうした研究費をきっかけに、企業とアカデミアの交流がもっと盛んになるといいですね。

尾上 様々な分野で専門性の細分化が起きている中でお互いの強みを生かせる共同研究をしていくことは重要だと考えています。そのためにはまず自分が目指している専門を徹底的にリサーチすること。そして、柔軟な頭でいろんなことを考えること。私もこれから出てくる研究者の方に負けないように研究を続けていきたいと考えています。
(取材 徳江紀穂子)