メタゲノム解析で目指す 農地の診断と制御 妹尾 啓史
土壌生態系には、多種多様な土壌微生物が存在し、窒素や炭素の循環など様々な土壌の生物的機能に関わっているが、分離・培養によって解明されたのはごく一部である。近年、メタゲノム解析により、これまでに未知であった土壌微生物の群集構造や機能遺伝子の組成が明らかになってきた。今回は、メタゲノム解析を活用し脱窒微生物をはじめとする水田土壌微生物の研究をされている東京大学大学院農学生命科学研究科の妹尾啓史教授にお話を伺った。
古来より進む水田の脱窒研究
水田では脱窒反応が起こり、土壌中の窒素の一部が窒素ガスとなって大気へ放出される現象が100年も前に明らかにされている。脱窒が起こると施肥した窒素がイネに吸収されず無駄になるため、これまでに有効な施肥方法や脱窒過程の研究がなされてきた。しかし水田においてどのような微生物が実際に脱窒を担っているのかあまり分かっていなかった。その理由は、難培養の土壌微生物が存在するなど従来手法で解明するには限界があったからだ。しかしメタゲノム解析により、水田の脱窒に関わる微生物の群集構造や機能遺伝子の多様性が明らかになってきた。
水田の脱窒に関わる微生物が見えてきた
脱窒機能遺伝子に着目してメタゲノム解析を行うと、典型的な脱窒細菌だけでなく、鉄や硫酸還元を担うデルタプロテオバクテリア網に属する細菌が脱窒過程に大きく寄与している可能性が示された。これまでにPCR法を用いて脱窒機能遺伝子の多様性が調べられてきたが、PCR法では見逃していたような脱窒機能遺伝子の多様性がメタゲノム解析で見えてきた。メタゲノム解析では水田の脱窒過程に限らず、土壌中の様々な物質循環に関わる微生物群についても全容を明らかにすることができる。
農地の診断と制御を目指して
これら研究成果は、農地の生物性の診断につながると妹尾教授は話す。例えば、温室効果ガスの一つでオゾン層破壊作用を持つ一酸化二窒素(N2O)ガスは、大部分が農地に施肥された窒素の微生物による脱窒過程で発生する。土壌からのN2Oガスを実測する代わりに、農地の脱窒機能遺伝子群の組成をメタゲノム解析により調べることでN2Oガス発生の予測ができ、農地の評価や診断へつながる。さらに土壌の理化学的な性質との関係を明らかにすることで、特定の微生物群を増減させ、N2Oガス発生の制御ができるかもしれない。妹尾教授は活発に活動している微生物群や機能遺伝子を知ることができるメタトランスクリプトーム解析も用いて研究を進めている。これらメタゲノム・メタトランスクリプトーム解析で得られた莫大なシーケンス情報を十分に活かすためには、質の高いデータベースが欠かせない。土壌微生物の分離・培養法による解析を行い、データベースを充実させることが重要である。各種の解析手法を駆使して土壌の生物的機能とその仕組みを明らかにし、農地の持続的生産力の向上や、生態系の保全に貢献していきたいと妹尾教授は語る。
(文/宮内 陽介)