「常識や社会経験はない。 でも未来を切り拓く力がある」
株式会社リバネス 代表取締役CEO 丸 幸弘 さん
株式会社リバネス 代表取締役COO 高橋 修一郎 さん
2006年東京大学農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了。修士課程に在学していた2002 年に日本初の科学教育ベンチャー、有限会社リバネスを理工系大学院生のみで設立し、代表取締役に就任。株式会社ユーグレナ技術顧問をはじめリバネス以外にも10 社以上のベンチャー企業の立ち上げ、経営に関わる。
2006年東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻修了。修士課程在学時の2002年からリバネスの立ち上げに関わる。博士号取得後、株式会社リバネスの専務取締役に就任し、2010年6月より代表取締役COOに就任。その一方で東京大学大学院農学生命科学研究科 助教、法政大学生命科学部 兼任講師を務める。
2002年の創業から8周年を迎え、2人の博士が代表に就任する新体制を発表した株式会社リバネス。36名いる社員の半数近くが博士号を持ち、科学技術に関する知識を武器に数多くの事業を推進する同社の代表2名が、博士の哲学を語る。
サイエンスを伝えるビジネス
―現在、博士の就職難が問題視されている一方で、リバネスでは教育や出版、人材育成や研究開発など、科学技術分野に関連した幅広い事業領域で博士たちが活躍していますよね。社会にどんなニーズがあるのでしょうか。
丸 市場(ニーズ)があるというよりも、市場を創っているんだと思います。サイエンスが発達したおかげで、新しいテクノロジーを使ったこれまでにない製品が世の中に次々と生み出されています。しかしながら、急速に発達してしまったがゆえに、「最先端」がつまった商品は、日本ではその良さが理解されずまったく売れない。さらに、サイエンスやテクノロジーが細分化されてしまったために、研究者と技術者の間にも溝ができてしまっていて、新しい商品を生み出しにくくなってしまっている。そこで、「最先端科学をわかりやすく伝える」というこれまでにないビジネスを立ち上げたんです。
高橋 リバネスは、最先端の科学を伝える実験教室だけでなく、ラジオ・テレビや電車内で放映される映像などを活用した様々なサイエンスメディアのしくみを開発しています。さらに最近では、企業や大学の分野の違う研究者や技術者とチームを組んで教育活動を企画・実践していく中で、分野融合を促進しようという活動も展開しています。これは、研究者集団であるリバネスだからこそできるビジネスです。
コミュニケーションスキルが博士を活かす
―サイエンスを伝えるビジネスにチャレンジするうえで、博士にはどんなスキルが求められるのでしょうか。
丸 僕らは科学技術に関する専門知識を持っていて、世の中にはその知識を活用すれば解決できる問題はたくさんある。でも多くの場合、問題を抱えている相手は、科学技術の知識で問題が解決できるなんて思ってもいないわけです。つまり、相手の問題意識やニーズはどこにあるのかを引き出して、サイエンスをわかりやすく伝えるコミュニケーションスキルが重要なんです。だからこそリバネスでは若手研究者をインターンシップとして受入れ、実験教室の企画を立てたり、科学雑誌の記事を書いたりするトレーニングの機会を提供しています。そして社員に対しても、所属する事業部を問わず必ず実験教室に参加させますし、記事も書かせるようにしているんです。
高橋 あとは、いろいろな分野の最先端の研究動向を学び続けることも重要です。自分のやっていた研究テーマだけで解決できる問題なんてほとんどありませんから。リバネスでは、「リバネス研究費」と題して、面白い研究をやっている若手の研究者に売り上げの一部を支給する試みをやっています。前回のリバネス研究費には500件以上の申し込みがあり、そこから12名の採択者を決定しました。実は、採択のプロセスでは、リバネスの博士たち6人を集めて山積みの申請書を読み、ディスカッションをしています。研究のプロセスがわかる博士だからできる業務であると同時に、最先端の研究傾向について学ぶことができるので、彼らにとってもよいトレーニングにつながっていると思います。
Local to localグローバルに世界をつなぐ
―それでは、リバネスが目指す未来について教えてください。
高橋 博士の持つ専門知識を活かして地域の活性化をしていきたいと考えています。最近、いろいろな自治体の方や地方の企業の方にお会いする機会が増えているのですが、私たちが想像している以上に地方には科学の専門家が不足しています。例えば、バイオマスタウン構想やスクール・ニューディールなど、最先端の科学を地域社会に根づかせようという動きがありますが、話を聞いてみると市町村には科学技術の専門家がいない。だから、科学技術を理解してもらう打ち手も打てないし、具体的な計画も立てられないんです。そこで、もっと多くの博士を育て、1つの市町村に1人の博士がいて、科学技術と社会をつなぐ仕事ができるようにしていきたいと考えています。
丸 僕は、国内・国外という枠を超えたグローバルなビジネスに興味を持っています。現状、それぞれの国で強い科学や技術の分野は違うし、先進国と発展途上国では抱えている問題も違います。しかしながら、もっとミクロな視点で見ていくと、連携することで解決できる課題が数多くあるんです。だからこそ世界の地方と地方、例えばアフリカにあるレソト王国と岐阜県をサイエンスというキーワードでつなげていきたいと考えています。これは究極のlocal to localで、これこそが本当のグローバルといえます。
活躍の場は自分で創る
―最後に、今まさに博士課程に進学しようとしている学生や博士号取得者にメッセージをお願いします。
丸 確かに博士は、年齢が高めで、ラボにこもっていたせいか常識があまりなく、社会人経験が浅い(笑)。僕自身、企業に入社したこともなければ、就職活動すらしたことはありません。でも、それと活躍できるかどうかはまったく別の話です。マスコミはポスドク問題を騒ぎ立てるけれど、活躍できる場所はたくさんあります。
高橋 リバネス出版が発行している﹃博士号の使い方﹄という書籍では、世の中で活躍している多くの博士たちのキャリアを綴っています。この本に出てくる博士たちに共通しているのは、自分がやりたいことをやろうとする信念と、それを実現するための柔軟な行動です。
だから、研究室で教授に言われたことだけをやるんじゃなくて、教授に楯突いてでも、自分でやりたいことをやり続けることが重要だと思います。
丸 博士は誰も発見したことのない真理を見つけ出して論理的に世の中に証明するという、精神的・肉体的にも大きなプレッシャーを乗り越えて博士論文を書いています。そんな経験を若いうちに積んでいる人なんてほとんどいません。これが博士の強みです。研究室から外に出て新しいチャレンジをすることは、確かに勇気がいることかもしれません。自分が知らない常識やルールにぶつかることも多いと思います。学ばなければいけないことはたくさんあります。僕自身、日々いろいろな人から学んでいます。しかしながら、サイエンスの知識を持っているというのはアドバンテージになります。自分たちにしかできない社会貢献のかたちがあるんです。新しい道を切り拓いていけることこそが、博士の持つ一番の強みなのですから。