境界の超越を目指す中で見えてきた、大学院生に必要なこと

境界の超越を目指す中で見えてきた、大学院生に必要なこと

大阪大学 未来戦略機構第一部門 超域イノベーション博士課程プログラム

経営企画オフィス 准教授 平井啓(ひらい けい)さん 博士(人間科学)

アカデミア以外で博士人材が活躍できる場所が日本ではまだまだ少ない現状の中、多様な活躍ができる博士人材を育成することを目指して各大学につくられた教育カリキュラムがある。「博士課程教育リーディングプログラム」だ。このプログラムでは自分の専門の研究の他に、様々な授業やコースワークを通して、研究室のテーマにとどまらない広い視野をもった博士の育成を行う。大阪大学で実施されている1つが「超域イノベーション博士課程プログラム」。発足から数年を迎えた取り組みから、大学院生が鍛えるべき力のヒントを得る。

違いを認識し、協同できる力を鍛える

今回お話を聞いたのは、未来戦略機構(経営企画オフィス)の准教授、平井啓さん。近年、専門が細分化され、閉鎖的なアカデミアへの批判が高まっていたことを受けて、同校では研究科横断型の同機構をつくり、深い知識を得ながら広く外を見られる力をつけていくプログラムを実装してきた。その考え方を継承し、発展させたプログラムが超域だ。ここでは、専門分野の超越だけに留まらず、文化や価値観、組織や常識など、あらゆる意味で境界を超え、協同することを目指したプログラムが展開されている。発足から数年が経ち、見えてきたのは「違いに気づけるコミュニティの重要性」だという。たとえば、ラグビーの平尾誠二氏や陸上の朝原宣治氏など一流のスポーツ選手を招いてチームトレーニングをする合宿形式の授業では、運動が得意な人も苦手な人も、個々の能力の違いに直面しながら、短時間で結果を出すためにチームで何を考えるべきかが学べる。「社会ではまさにそういった違いの中でチームとして結果を出せる人が必要になってくる。超域で最も収穫だったのはそういった価値観や能力など、それぞれの違いに気づける人がでてきたことです。」と平井さんがいうように、受講生にとっても多様性を実感できる経験とコミュニティは貴重な存在になっているようだ。

境界を超えるために本当に大事なことは?

さらに、平井さんは境界を超えた異分野の融合を実現していく上でもう1つ見えてきた重要なことがあるという。それは、「高い専門性」である。専門性の細分化こそが分野間交流を妨げているといわれる中で、一見矛盾しているように見える。「ここでいう専門性はspecialtyというよりexpertise。分野の知識の深さというより誰にも負けない視点や自分の興味関心の軸のようなものです」。「expertise」はその技術や分野の知識について幅広くもっている状態。これに対し「specialty」はその道一筋ニュアンスがある。「スポーツ選手のプロ意識と専門性の高さはセンスだけでは得ることができません。自分にやりたいことや興味関心、自分の軸があるから、緻密なところまで考えることができるし、多くを吸収することができるのです」。超域では、地域の課題にチームで取り組むなど、自分の分野に直接関係あるものもないものも様々なジャンルのコースワークを経験する。新しい分野や課題に出会ったとき、興味を持ち、異なる分野の人と協同し、取り組める人は、その事柄が自分の軸とどう関わるかが見えている人だ。

様々な経験や対話の中で自分を見つける

「自分がどんな軸を持っているかに気づくことは実は難しい」と平井さんはいう。教えて習得できるものではなく、本人が考え続け、気づいて初めて生まれるものだからだ。様々な経験や対話の中で、自分が何を良しとし、何を考えているときに楽しいのか、など自分のかけらを一つずつ集めていき、言語化する必要がある。超域において、異なる価値観や視点を持つコミュニティはその言語化を助ける役割も果たしている。プログラムの中で、自分の軸に気づいた学生は何人もいる。結果、自分で外に飛び出していく人も増えているのだ。こうした取り組みを今後は全学に広げていきたい、という平井さん、「一番理想的なのは、プログラムなどなくても自分でこれらの重要性に気づき、動いていく人が増えていくことですね」。自分の軸はどこにあるのか。様々な価値観の人と対話し、言語化できる機会を見つけることは、超域プログラムに参加していない人でもできる。異なる研究室の友人と、社会人と、時には研究室のコミュニティを離れて対話の機会をもってみよう。新たな自分に出会えるかもしれない。

平井啓さんプロフィール

大阪大学大学院人間科学研究科にて博士号取得。同研究科の助手を務め、大型教育研究プロジェクト支援室、未来戦略機構准教授を経て、現職。

 

超域イノベーション博士課程プログラム

文理の枠組みを超えた新しいタイプの博士人材を養成する「博士課程教育リーディングプログラム」のオールラウンド型において、平成23年度に提案し、採択された取り組み。平成24年度以降、「超えることでしか生まれない」イノベーションを社会にもたらす新時代の博士人材を養成する学位プログラムでの教育を進めてきており、現在、13研究科の4学年60名の大学院生が所属研究科での専門力の研鑽とプログラムでの汎用力の獲得に邁進している。

http://www.cbi.osaka-u.ac.jp/