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自分の興味と成長欲。 両方揃った瞬間が、博士課程に行くタイミング|岡崎 善朗

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東京大学大学院 工学系研究科 先端学際工学専攻博士課程 岡崎 善朗

「企業に勤めながら博士課程で研究する」と聞くと、仕事に直結したテーマに取り 組むイメージが強い。しかし、現在東京大学大学院博士課程に所属する岡崎善朗さん は、勤務先の仕事とは別のテーマの研究をしている。かつては「大変そうで就職にも 結び付かなさそう」と博士課程への進学を敬遠していたという岡崎さんを変えたのは いったい何だったのだろう。

世界を回る中で芽生えた「困難を抱える人の力に」という思い

学生時代はバックパッカーとして世界各国を周っていた岡崎さん。パキスタンを馬で1か月間旅し、自転車でのヨーロッパ縦断にも挑戦した。ガーナではTシャツをデザインする仕事をして、多国籍企業で働く経験もした。そんな中、ネパールの孤児院でボランティアを行うなど、途上国の人々に触れるうちに、「困っている人の役に立つことをしたい」という気持ちが芽生えていったという。
その思いは修士課程を修了して、大手メーカーに就職したあとも、岡崎さんの心に残り続けた。「途上国の人々が直面する問題を肌で感じたい」という情熱が、岡崎さんの視線を再び海外に向けた。そうして会社を辞め2年半をかけて、再び世界を旅した岡崎さんは、インドでの経験が忘れられないと話す。「障がい者支援施設でボランティア活動をしていたのですが、衛生状態もよくない状況でも、彼らの目は輝いていた。彼らの力になれるような人間になりたいと強く感じました」。

課題意識と成長欲が博士課程進学を決意させた

帰国後は、大手医療機器メーカーで内視鏡の開発に携わるようになった。充実した環境であったが、満足していたわけではない。国内外の優秀な共同研究者たちの仕事ぶりを見るにつれ、「自分にはない高い研究能力と創造性を持つ彼らのように、開発を進め、新しいものを生み出せる人材になりたい」という思いが募っていったからだ。彼らのように研究を究めることで、自分を高めたい。企業での開発業務だけでは得ることのできない学びを求め、博士課程進学を決意した岡崎さん。「難しい決断でしたが、妻の後押しも本当に心強かったです」。
所属する研究室を考えるとき、脳裏に浮かんだのはやはり海外での経験だった。「身の回りにあるテクノロジーで、障がいや困難を抱える人々を支援する研究」を掲げる研究室の扉を叩いた岡崎さんは、指導教官と約半年をかけてディスカッションを繰り返し、研究テーマを決めた。修士の頃にもっていた博士課程へのネガティブなイメージは、取り組みたい課題や明確な成長欲が消し飛ばしてしまっていた。

二足のわらじを履く生活の楽しさと仕事へのポジティブな変化

研究テーマも決まり、大学院にも合格した。しかし、仕事と異なるテーマであったので、会社には相談しづらかったという岡崎さん。それでも会社の業務と大学での研究の両立のために、上司と仕事の話やこれから取り組みたいことなどを真摯に話し合い、最終的には快く背中を押してもらえた。「自分の想いにじっくり向き合ってくれた指導教官や会社の上司には本当に感謝してもしきれません」と岡崎さんは振り返る。日中は仕事に集中し、大学院での研究・ディスカッションや自宅での実験時間を作り出す。自身では、今ではむしろ仕事の効率や質も上がってきたと感じている。現在の生活の話をすると周囲に大変そうだねと言われることも多いというが、「辛いと思ったことは一度もない」と話す。
「困難を抱えている人たちの力になりたい」という想いに向けて、一途に成長に突き進む生活を岡崎さんは心から楽しんでいる。「今はまだ無理かもしれませんが、病気や障がいのために普通の生活が送れない世界中の人たちを、自分の開発した技術で支援することができたら」。心の奥にある興味や成長欲は、これからも彼を導いてくれるだろう。
(文 長 伸明)


岡崎善朗さんプロフィール
2000年、広島大学大学院先端物質科学研究科博士課程前期修了。同年、富士フイルム株式会社に入社。退社後、約2年半かけて主にアジアの途上国を旅して回る。2007年より大手医療機器メーカーにて医療機器の研究開発に従事、現在に至る。また、2014年に東京大学大学院工学系研究科博士課程に入学した。

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