人は変わらない。でも、テクノロジーは根本から変わる。

人は変わらない。でも、テクノロジーは根本から変わる。

チームラボ株式会社 代表 猪子寿之さん

2011年最後を締めくくる紅白歌合戦。白組の司会を務める嵐が2曲目を歌うタイミングで背景が突然デジタルなスクリーンに切り変わる。スクリーン上のボールはあたかも嵐のメンバーが投げ合っているかのように動き、最後にはそのスクリーンとなっていた背景が割れ、瞬時に消えた。会場にいた人たちは突然のできごとに多くどよめき、一瞬の間をおいて会場から大きな喝采が巻き起こる。日本中を大いに驚かすこの演出を行ったのが、猪子寿之さんが代表を務めるチームラボだ。

大みそかにデジタル技術で日本中を驚かす

チームラボは、東京都文京区に本社を構える、システム開発やウェブプロデュースを主事業とする企業。2001年、当時東京大学工学部の学生だった猪子さんが、仲間とともに事業をスタートした。データマイニングやバイオインフォマティクスをはじめとした自然言語処理の高い技術力に加え、特徴的なのは、芸術分野での高いクリエイティビティだ。パリ・ルーブル宮内装飾美術館への映像作品「花と屍」の出展など、テクノロジーと、アート、デザインの境界線を曖昧にして、インターネットサイトから空間芸術までを手掛け、急速に発展を続けている。さらに最近では、猪子さん自身の独創的な考え方と、不思議なキャラクターからTV番組への出演も増えるなど、企業としても個人としても大きく注目を受けている。「技術が高度化しすぎた結果、もはや消費者に技術の違いは極端に見えづらくなってしまった。性能の良さとかの合理的なアピールが難しくなって、より人の行動が、感動や共感といった非合理的な部分が重要になってきているってことなんだ」。猪子さんは、感性や主観が、ものづくりにおいて重要になってくる、と早くから主張している1人だ。

プロセスが重視される時代

「NHKの放送のとき、非常に面白かったことがあるんだよ」。紅白の演出について、とても楽しそうに、そしてとても真剣なまなざしで、種明かしをしてくれた。「あのとき、会場にいた人たちから一番大きな歓声があがったのは、メドレーの最後で、デジタルのスクリーン背景が割れて元のステージ背景が出てきた部分。でも、テレビを見ていた人たちは、その瞬間にカメラが切り変わって、嵐のアップになっていたのでその映像を見ていない。注目が集まったのは、嵐のメンバーがデジタル映像で作られたボールを動かしていた部分だったのだ。会場にいた人たちは事前に何が起こるかっていうプロセスの部分を知っていたから、スクリーン背景が割れる部分で驚いていた。でも、テレビで見ていた人たちは、結果としてわかりやすいボールを動かしている部分までは感覚的に興味を持てたけど、背景が割れたことについてはわけがわからなくて、瞬間的に理解できなかった。つまり、これってプロセスを理解したほうが、感動が大きくなるってことなんだよね」。現在、情報分野の技術だけでなく、自動車やプラントといったものづくりの分野においても、純粋な技術力や性能の良さではなく、その開発におけるドラマや物語を見せることでアピールする事例は数多い。消費行動をより情緒的な側面から促進させている事例である。「要は、プロセスの一部を見せると完成品が良く見えたりする。それって、情報産業をはじめとした知識産業だけでなく、特許やノウハウとしてプロセスを隠してきた製造業であってもプロセスの一部を公開することが収益につながると思うんだよね」。

情報化社会で変わった価値観

猪子さんは、情報が伝わる媒体が多様化し、情報伝達のスピードが加速されることによっても、感性、特に「好奇心」が重要視されるようになると言う。「情報化社会になる前、情報は必ずものを通じて媒介されるものだったと思うんだよね。たとえば、芸術も見方を変えれば本当はただの情報って言うこともできるじゃない。その場合、情報だけでは人間が認識できないから、油絵の具でキャンバスに書くことで、初めて認識できるようになったって考え方もあるはず。でも、情報化社会が来たことで、物理的な「もの」を介在しなくても、情報のみを人間が認識できるようになった。物質という制約を解かれたことで、人間はより感情に素直になってると思うんだよ」。そもそも情報だけなら製造コストはかからないし、際限なくコピーできる。もともと、「もの」を通じて得ていた情報が、今や情報だけで受け渡しができるようになった。「結果として、情報を媒介するための「もの」への依存心はなくなっていると思う。だから今の若い世代は、高級車にも高級料理にもあまり興味がないんじゃないかな。その代わり、無限にコピーできる情報が一気に広がることで、今までにない新しい情報に対する欲求が高くなる。つまり、好奇心が人を動かす大きな原動力になるよ、きっと」。

技術者のゴールも変化する

人々の価値観が変わることで、社会のニーズにあったものを生み出すという技術の概念も大きく変わる。技術は今まで、社会のニーズについて客観的な現象や論理をベースに考えられてきた。しかし好奇心という個人の主観をベースにする考え方に変わることで、技術も、より個人の価値観で評価されるため、社会にニーズのある技術とは何かが判断しづらくなる。そのため、理論だけでなく、それを実際に作り上げ、世に出して反応をうかがうことが重要になってくる。つまりは、作り手は時として論理的でない消費者の感情の動きを認め、それに合った技術を生み出し続け、試し続けることが求められるようになるのだ。さらにこれは、技術だけでなく、科学においても今後大きなウエイトを占めてくるはずだと言う。これまで困難とされてきた「感性」の理解のために、近年注目を集めている脳科学や文理融合分野が台頭し始めている。情報化社会が、自然科学の概念をも変える時代が今まさに到来しているのだ。
(文 長谷川 和宏)