「フラットな世界には 『休学のすすめ』」
政策研究大学院大学 教授 黒川 清 さん
株式会社リバネス 代表取締役CEO 丸 幸弘 さん
医学博士 1962 年東京大学医学部卒。69-84 在米。79 年UCLA 医学部内科教授、89年東京大学医学部第一内科教授、96年東海大学教授・医学部長、2004 年東京大学先端科学技術研究センター教授、東海大学総合科学技術研究所教授、06 年より現職。国際科学者連合体の役員、委員を務めるなど幅広い分野で活躍。WHO Commissioner(05-09 年)。
03-06 年日本学術会議会長、06-08 年内閣特別顧問。Blog: www.KiyoshiKurokawa.com
博士(農学)2006年東京大学農学生命科学研究科応用生命工学専攻博士課程修了。修士課程の在学時、2002 年に日本初のバイオ教育ベンチャー、有限会社リバネスを理工系大学院生のみで設立。2003 年に増資し株式会社リバネスに組織変更、代表取締役に就任。リバネス以外にもこれまでに10社以上のバイオベンチャーの立上げ及び経営に携わり、科学分野の発展に貢献すべく、活動を続けている。
通信テクノロジーの発達により、経済、人、情報、知識の流動性が高まり、2国間の相互反応だけではなく、グローバルに物事が影響しあう昨今。個人が発信する情報は、ネットを通じてグローバルに共有され、大きな影響力を持つようになった。この様な現状を、アメリカのジャーナリストであるThomas Friedmanは、「フラット化する世界」と表現した。黒川清教授と丸幸弘氏が「フラット」な世界を生き抜く博士たちに送るメッセージとは。
舞台は自分で選べ
丸…企業の就職口やアカデミアのポストが不足しているなど、博士号取得者たちが置かれている状況はあまり良くないと言われます。その影響か、博士課程に進学する人も減ってきています。
どのようなマインドを持てば、こういう荒波を乗り越えて行けるのかご意見をお聞きかせください。
黒川…最近ボストンで会った日本人ポスドクが、「今までの短い人生で一番後悔していることは日本で博士号を取ったこと。世界の一流大学の博士課程は日本のそれとレベルが違う」といって悔しがっていました。海外では大学院に進学する際、それまでとは違う大学を選ぶので、他校の出身者とも混ざり合うようになっています。日本では修士、博士と同じ大学に留まることが多く、この違いは大きいでしょう。混ざり合うことで、大きく横へ広がるつながりから、自分の課題や力量を感じ取れ、目標が見えてくるのです。日本の大学教育を取り巻く環境は閉塞的で、若い研究者が闊達に発言し、仮説を述べ、実験を提案することは難しい。それでは新しい思考や斬新なアイデアは生まれない。
丸…そうですね。日本では同じ教授から学び続けるのが当たり前のようになっています。
黒川…自分の人生なのだから、学部生の時に将来何をやりたいのか、それにはどういう勉強や経験が必要で、それを実現するために世界規模でどこへ行って何をすべきなのか、考えてみればいい。今は、どの大学が優秀な学生を送り出す『いい大学』かという情報が簡単に手に入る。もし興味のある大学があったら、キャンパスを訪問したり、教授や学生たちと会ってセミナーに参加したりして、本当にそこで学びたいか見極めるといいでしょう。
丸…博士号を取る時も取った後も、常に、世界の中で自分がどこで活躍できるのかを考えるのは重要だと思います。日本の外に出ることで世界における自分の価値を知ることができます。
人脈を広げることは選択肢を増やすこと
丸…僕がドクターを取った時は就職氷河期であり、企業では博士は扱いにくいと思われていた印象を持ちましたね。そんな時に僕たちは修士、博士の人材だけを集めて会社を作って自分たちの活躍の場を自ら切り開いてきました。博士を取って、就職先が見つからないとよく耳にしますが、その問題についてはどう思われますか。
黒川…企業で職が見つからないというのは、企業が博士人材の使い方をよく知らないからです。博士もいろいろですからね。日本は「単線キャリア」で、これがみずから進んで物事に取り組む、「進取の気性」を日本社会から奪っていきました。フラット化した世界のアドバンテージはグローバルなネットワークを誰でも簡単に作れること。人脈の輪を広げることは個人の選択肢を増やし、自らの将来を切り開いていくことにつながります。
丸…現在の博士たちが活躍するためには、人脈を広げることが、昔の博士たち以上に重要になってくるということですね。では、なぜ人脈を広げることが将来を切り拓いていくことになるんでしょうか。
黒川…世界に人脈を広げ、ネットワークを作り、特に自分の分野以外の人たちとつながることで、将来一緒に面白いことをやるパートナーが見つかる可能性は大きく増えます。何かを始めようとするときのディスカッション相手にもなる。そんな友達が世界中にいると、自ずと自分の価値が理解できる。当然のことながら英語のコミュニケーション力は必須です。
丸…インターネットの普及によって、国境を越えた交流が容易になった今、ソーシャルネットワークサービスのFacebookやTwitterでどれだけ海外の友人をもっているかが採用のひとつの基準としている企業もあると聞きました。国境を越えた人脈を持つことの価値が上がってきているんですね。
休学のすすめ
丸…それでは、すでに博士号を持っている人はどうすればよいのでしょうか。
黒川…今の日本で博士号を持っている人材が活躍できないというのなら、1人ひとりが人脈を広げ、自分で未来を切り開いていけばいいんです。ネットワークを作るためにも、今から進学を考えている人、これから社会に出ようとしている人たちは、できれば1年程度、無理なら半年でも1カ月でもいいから日本の外で生活をしてほしい。勉強でも、遊びでも、ボランティアでも何でもいいんです。アメリカでもアフリカでもアジアでも、どこでもいいから日本の外に出て、色々な人と知り合って仲間を作ることが大切。日本を外から見ることで、日本の良さを理解し、弱さも認識できる。その結果、自分が何をしたいのかわかってくると思います。
丸…僕も幼少の頃シンガポールに4年間住んでいました。シンガポールにはたくさんの人種がいて、宗教や考え方、風習が混在しています。食事1つとっても、ある人はパンだけ、ある人は野菜だけだったりしました。そんな中で人を一個人として見る価値観を身につけました。その経験がビジネスをする上で色々な人たちと接する時に役に立っていると思います。
黒川…学生だったら今所属している大学を休学して、とにかく外の世界を見てみるべきです。人脈がある人のほうが、これからのグローバル世界ではよっぽど価値がある。特に日本では「休学のすすめ」くらいのことを積極的に考え、推進してもいいと考えています。学生にも思い切ってそれくらいのことをしてほしいですね。大学は休学している間の費用をタダにして、企業は小額でいいから学生を支援してほしい。そして、採用のときには、海外の経験や知見を持ち、グローバルなネットワークを持つ学生を積極的に採用してほしいものです。実際、そのような経験を持つ人たちが、これからの世の中では、はるかに大きな価値をもってくるでしょう。
丸…学問のすすめならぬ、「休学のすすめ」ですね。
黒川…そのとおりです。私もアメリカで目の当たりにしましたが、海外の学生たちは本当によく勉強します。教授・学生間で立場など関係なく活発に意見を交換し、時には学生が教授に対して挑戦的であることも認められる。そんな環境が、従来の枠組みに囚われない思考を生み出す訓練になっているんです。そういう環境に身を置くことで価値観も変わってくるし、環境の変化に対応する能力も身につきます。そんな海外でのサバイバルゲームを生き延びてきた学生は世界のどこにいても活躍できます。
だから、まずは500人の博士候補を日本から送り出して、逆に500人の海外の博士候補を日本で受け入れてみればいいでしょう。我々の常識と違うことを考える海外の学生、研究者、教育者と切磋琢磨することで日本の教育環境や、そこにいる学生、研究者、教育者に刺激を与えることができるでしょう。こんな政策がとられれるとしたら、日本の将来がなぜか明るく感じ取れるのではありませんか?
丸…これからの博士たちは、自分で自分の道を切り開いていかなければいけない。そのために必要なのはグローバルな人脈を構築することと、世界を経験してみることですね。貴重なご意見あ
りがとうございました。
(『「博士号」の使い方2』(近日発売)より記事編集掲載)