研究と医療を統合する
自治医科大学 附属さいたま医療センター 神経内科
植木 彰教授
1994年、アメリカ合衆国元大統領レーガン氏が公表したことで注目を集めることとなったアルツハイマー病(AD)。遺伝的な問題だけでなく、高齢化社会が進み、だれもが発病の可能性を秘めていることが明らかになってきた。植木教授はこの病気に医師として、また研究者として携わり、二つの大きな発見を生み出したパイオニアだ。
始まりは大脳生理学の研究
東京大学の医学部生の時に出会った大脳生理学。電気生理的な性質を利用して脳の働きを解明する研究に魅力を覚えた植木教授は、臨床に携わる傍らで研究を続けた。生理学の醍醐味を味わう一方で、「生理学だけでは、病気になる原因を知ることができない」という悶々とした思いを抱えていた。
祖父の代から続く医師の家系で育った植木教授の原点は医療人だ。その興味は、脳そのものの機能の追及ではなく、脳と加齢や疾患の関係にあった。そこで、臨床生理学の世界的な拠点であるロンドン大学に留学した。
医師としての研究
留学時代にパーキンソン病をはじめとした脳神経疾患、特に遺伝性がはっきりしておらず発症頻度の高いコモンディジーズに対する考え方やアプローチの仕方を身につけた。日本に戻った後も研究を続け、1993年、ライフワークとなるADに関する研究に出会った。
1992年の暮れ、米国デューク大学のグループが、ADの病理学的な特徴のひとつであるアミロイドβタンパク質の凝集を促進するアポリポタンパクE(アポE)のうち、-4という遺伝子型を持つヒトはADになりやすいことを発表した。これを受け、植木教授らはわずか2週間の間に健常者とAD患者のアポEの遺伝子多型を調査し、日本人においてもアポE-ε4遺伝子型がADの遺伝的な危険因子であることを発表し、アポE-ε4がADの発症機構を解明するための重要なファクターになることを明らかにした。これまでのところ世界中で認められる危険因子の発見はアポE-ε4以外にない。
後天因子に着目
「同じ危険因子を持っていても発症する人としない人がいるが、この差はいったい何に起因するのか?」という疑問に対して、植木教授が重視したのは、「ADは近年急激に増加してきた疾患」という事実だ。遺伝的な変化はそれほど急速には起こりえない。むしろ、短期間に急速に疾病構造が変化するのは後天的な因子(環境因子やライフスタイル)の関与の方がはるかに大きいのではないかと考えた。
様々な要因の中から、アポEがコレステロール輸送に関わることに着目し、植木教授らは食事摂取とADの関係を調査することにした。その結果、魚や緑黄色野菜の摂取量が著しく少ないと、AD発症の可能性が高まることがわかってきた。
「発表した時はすごく勇気がいりましたけれども、予防ということに関してはきわめて重要な知見であると思って発表しました」。実際、遺伝子治療は現段階ではなかなか手は出せない。だが、食生活については個々人が注意を払うことが可能だ。こうしたところに研究者だけでなく、医師としての視点が反映されている。
細分化と統合
「物事を捉える時に、細分化とともに俯瞰して全体を見渡す視点が欠かせない」という植木教授の信念が、インパクトのある発見を支えている。研究対象に対する理解に留まらず、社会との密接な繋がりにも留意して視点を巧みに操る。病気の原因だけでなく、予防という観点も含めて本質を掴もうと植木教授は走り続けてきた。「臓器や疾患だけではなく、患者を見る。医師はそれを忘れてはいけない」。医療人としてこれからも先陣を走りながら、未来を託す若者を育てていく。
自治医科大学さいたま医療センター神経内科