円石藻に魅せられて

円石藻に魅せられて

藤原 祥子

日本の研究者を10人集めると女性研究者は1人。以前に比べれば女性研究者の人数は増加しているが,欧米と比較するとまだまだ少ない。「研究の世界は体力勝負だともいわれます。女性の私でも大丈夫なのかという不安もありました」。もしかしたら,乗り越えた壁は高かったのかもしれない。けれど,研究が好きだという気持ちがあれば,それをものともせず自分の道を歩み続けられる。

研究者を志したきっかけ

幼い頃から,「ファーブル昆虫記」や「キュリー婦人の伝記」を読んでは,ふしぎなことを解明したい,そんな想いを募らせていた。自由研究が大好きで,夏休みになるとそのことで頭がいっぱい。オジギソウがおじぎをするのがなぜなのかを知りたくて,枯らしてしまうくらい何度も葉が閉じる様子を観察した。研究者の道を志したのは,大学4年生のときに研究室に入ってから。それまではどちらかといえばおとなしくて目立たない存在だったが,研究室に入ったとたん,研究に夢中になり,実験の知識や技術などについて,周りから頼りにされる存在になった。「水を得た魚という感じでイキイキして,自分はこの世界に向いているのかなと思いました」。卒業後は,そのまま大学院に進学し,研究を続けた。実験には,結果が出るまでに時間も手間も体力も必要だ。大学に泊りこむこともたびたびあったが,それが苦にならないほど,生物の持つふしぎを解き明かすことの楽しさにのめり込んだ。

円石藻研究で環境問題を解決する

「すごくきれい」。円石と呼ばれる石灰石の殻を持つ円石藻。大学院を卒業後,就職先の研究所で運命的な出会いが訪れた。その研究所では,温暖化を解決する手段として,円石藻に注目していたのだ。藻類である円石藻は,葉緑体を持っており光合成で海水中の二酸化炭素(CO2)を取り込んで炭水化物として固定する。同時に,炭酸水素イオン(HCO3-)として解離しているCO2を使って,石灰石である円石をつくり出している。つまり,円石藻は「光合成」と「石灰化」という2つのしくみを働かせてCO2を吸収している。そのうちの石灰化のメカニズムについては,まだ解明されていないことが多く,これがわかれば海水中のCO2をもっと効率よく吸収させることができるかもしれない。それは,温暖化の解決に必要なCO2の削減につながる。「生物がもっている自然の性質を使って,環境問題に貢献できればと思っています」。

円石がつくられるしくみの研究

「純粋な疑問として,なぜ円石をつくるのか,そのふしぎを解きたいという気持ちもあります」。 円石藻がなぜこのような精密な殻をつくるのか,基礎研究をしっかりした上で,環境問題に貢献するような応用研究をしていきたいという。現在,藤原先生は,円石をつくる円石藻とつくらない円石藻の違いが,どの遺伝子に由来するのかを研究中だ。美しさに魅せられて,ゲノム(ある生き物がもつ全ての遺伝情報)の解析から円石がつくられるしくみを解き明かそうとしている。

一歩一歩,自分の想いを形にする

生物がもつ遺伝情報を解明するゲノムプロジェクトが終了し,その情報が私たちの手元にある今,情報をどう活用していくかは,それぞれの研究者のアイデア次第だ。藤原先生が所属するのは東京薬科大学・生命科学部。環境問題の解決を目指し,生物に着目して研究を行うこの学部でも,今後はゲノムの情報を活用していこうと計画している。2007年4月には,これまでの「環境生命科学科」を「環境ゲノム学科」に変更し,新たなスタートを切った。「最近,クールな人が多いですが,そんな人でも実験をしてワクワクしているときは伝わってきます」。大学の教員として,そのワクワクを学生と一緒に実感していきたい。そして,研究者として,教科書に一行載るような小さな発見を学生とともにしたいという。「これまで研究を続けることができたのは,ふしぎなことを解明するのが好きだという気持ちがあったから」。研究者になった今も,それは変わらない。これからも着実に,自分の想いを形にしていく。(文・内藤大樹)

藤原 祥子(ふじわらしょうこ)プロフィール:

高校時代まで愛媛県今治市で生まれ育つ。大阪大学薬学部卒業。学位(理学博士)取得後,経産省産業技術総合研究所勤務。現在は,東京薬科大学生命科学部環境ゲノム学科環境応答生物学研究室准教授。

環境応答生物学研究室ホームページ