社長業に挑戦する研究者

山口 葉子

「成功するまであきらめないから,絶対失敗しません」。自分の研究から生まれた技術をもとに2006年4月,会社を立ち上げた。大学の研究者であると同時に社長になった山口さん。社長業という未知の分野,めぐってきたチャンスには体当たりで挑戦する。

興味を持ったら即行動!

大学時代は,有機化合物の合成を研究し,その後,興味を持った物理化学の研究をするためにドイツへ渡り,液晶やコロイドの研究で博士号をとった。帰国後,もっと人の役に立つ研究をしたいと考えていた山口さんの転機となったのは,膜学会への参加だった。物理や物理化学の世界では当たり前のことが,生体膜を研究する薬学や生物学の研究では正確に理解されていないことに気がついた。「自分のやってきた研究が医薬品の開発に活かせる」。そう考え,これまでとはまったく異なる薬学への道を歩み出した。興味を持ったら飛び込む,この大胆さが山口さんの持ち味だ。起業の核は生み出した技術にある山口さんが研究している技術は,薬をからだの中へ効果的に運び入れる最先端技術であるDDS(ドラッグデリバリーシステム)。皮膚は,異物が外からからだの中に入るのを防ぐため,強力なバリア機能を持っている。そのため,薬をぬっても目的の場所になかなか届かない。 皮膚のバリア機能の中心となるのは皮膚の最も外側の「角層」と呼ばれる部分であり,角質細胞の間には液晶構造をした脂質群が存在する。液晶とは液体と固体の中間的性質を持ち,分子の配向性がある規則性を持っている状態のことをいう。山口さんはこの皮膚の液晶構造の規則性をくずしたり,異なる液晶構造に変えたりすることで,薬が皮膚内に入る道が開通し,その結果,薬の成分がその道に沿って目的の細胞に届くことを確認したのだ。こうして,以前研究していた液晶構造の知識を応用し,薬の効果を高めるための新しい技術を生み出すことに成功した。

研究者も社長も,全力を尽くす

これまで歩んできた道はまっすぐとはいえないが,「今」につながる一本道だった。「やりたいことを持つのはとても大事なこと。それと同じくらい,これ以外はやらない,と決め付けないことも大事なことかもしれない」。現在は,社長としても奮闘する。さまざまな企業に向けて,生み出した技術を売り込む。これまで50社以上に自ら連絡を取り付け,くり返し説明して,技術を理解してもらってきた。大学の研究者らしくはないかもしれないが,いつでも「今できること」に一生懸命だ。研究者として,これからもどんどん新しい技術を生み出す。 社長として,その技術を世の中に送り出す。会社とともに自分自身ももっともっと成長していきたいと考えている。(文・宇田真弓)

山口 葉子プロフィール:

株式会社ナノエッグ 代表取締役社長。聖マリアンナ医科大学、難病治療研究センター、先端医薬開発部門 DDS研究室 助教

 

2012年3月時点

聖マリアンナ医科大学 難病治療研究センター 診断治療法開発 創薬部門 准教授

http://nanchiken.jp/shindan/