栗本 貴子

カリフォルニア州立大学フレズノ校 大学院修士課程物理学専攻2年

アメリカに行ってみたい。強い想いで,アメリカの大学を選んだ栗本さん。自分の進路を決めた18歳,人生で一番悩み,不安で頭がいっぱいになる時期。周囲の反対もあったが,栗本さんの「チャレンジしたい」という想いを両親は応援してくれた。そこで出会ったのは,高校時代には知らなかった物理学の魅力的な世界だった。

放射線被害のものさしをつくる

カリフォルニアにある大学の研究室,栗本さんは,放射線の研究をしている。植物に放射線を当て,光合成能力や開花のタイミング,花の数などさまざまな観点から影響を測っているのだ。植物で放射線被害の「ものさし」がつくれれば,被曝(ひばく)量の正確な測定が大変困難な放射線災害の現場で役立つかもしれない。「将来的には実験データをもとに,放射線の影響が現れる細胞やDNAを特定することもできるかなと思い,地道にぺんぺん草に放射線をあてています」。また,放射線はネガティブなイメージが強いが,がん治療のように強度を変えて使えば有効利用ができるのでは,とも考えている。高校時代は文系で,しかも英語コースだった栗本さん。なぜ今,理系の専攻を選んだのだろうか。

アメリカ留学の決意

「あなたはどう思いますか?」中学時代に1日だけ体験入学したアメリカの高校の授業。授業といえば,一方的に話を聞くだけだと思っていた。しかし,常に自分の意見が求められ,教師や生徒どうしで話し合う。一方通行ではない授業に驚き,「アメリカの学校で学んでみたい」と強く思ったという。高校卒業後,市営体育館でのアルバイトがきっかけで,スポーツ選手の健康管理やリハビリ,体力トレーニングなどを管理するアスレチックトレーナーに興味を持った。日本で活躍しているアスレチックトレーナーの多くはアメリカで資格を取っている。育成カリキュラムが日本と比べ,とても充実しているからだ。具体的な目標を見つけた栗本さんは,海外進学のためにNIC International College in Japan(東京都・新宿区)への入学を決めた。

物理学に魅せられ,研究の道へ

努力の末,アメリカのカリフォルニア州立大学フレズノ校へ入学。初めて学ぶことばかりだった。そこで栗本さんは将来の進路を変えてしまうほど,魅力的なものに出会う。それは,2年生の必修科目だった物理だ。運動力学を中心に学ぶクラスで,数式ひとつで物の動きや変化を予測できてしまう物理に,美しさを感じた。アスレチックトレーニングから物理学へ,学部の変更を決意したときには大きな迷いがあったという。当時20 人ほどいた物理学の教職員の中に女性はたったの1 人だけ。学会に出席しても,8〜9割は男性だった。「研究者」や「学者」という職業に現実味がわかず,自分の将来と結びつけることができなかった。しかし,最後に物理学の道を選んだ理由も,身近にいた研究者だった。「さまざまな物理学者や教授たちと接するうちに,大人が目を輝かせて生き生きと自分の仕事について語る姿は,他では見られないことだと実感しました」。好きなことをやる楽しさに気づき,物理学の世界へ飛び込んだ。好きだから,続けられる現在は大学院で日々研究を続けている。今年の夏にはチェコ科学技術大学で開かれた学会で最優秀賞をとり,来年からは博士課程に進級予定だ。アメリカに来るまではまったく知らなかった分野。「物理をやめようと思ったり,大学をやめようと思ったり,教授のオフィスを訪ねては愚ぐ痴ち をこぼしたりもしました。そのたびに同じことを訊きかれました。“So… do you still like physics?”」この一言に支えられ,続けてこられたのだという。「長い1 日が終わって,疲れ果てて家に帰ったときも,今日も好きなことができたって思えるのは,すてきなことだと思います」。(文・楠晴奈)

栗本 貴子(くりもと たかこ)プロフィール:

千葉県立市川東高校卒業 NIC第13期生。カリフォルニア州立大学フレズノ校 物理学部卒業。カリフォルニア州立大学フレズノ校 大学院修士課程物理学専攻2年。