技術を積み重ねて、未来をつくる|星 陽一

技術を積み重ねて、未来をつくる|星 陽一

東京工芸大学 工学部 教授

「どうせやるなら,自分独自の考えでやってみたい」。約30年前の大学院時代,指導教官に反対されながらもつくり上げた「薄い膜をつくる」技術は,これからの産業にも大きく貢献する力を持っている。

産業を支える薄膜

身の回りにある電子機器で,ハードディスクや半導体が入っていないものはないだろう。それらをつくる際に欠かせないのは,金属や化合物の薄い膜を基板上に形成する技術だ。CVD※やめっき法などさまざまな手法がある中で,星さんが大学院時代から取り組むのは「スパッタ法」というもの。アルゴンガスに高電圧をかけてプラズマ化し,その際にできるアルゴンイオンを膜の原料にぶつけて衝撃で飛び出してきた原子を基板上に堆積させていく。そうして,数nm〜数百nm(1nmは1mmの100万分の1)の非常に薄い膜をつくる方法だ。

突き進んだ末の大躍進

大学院時代に出会った研究テーマが,ガーネットという鉱物の薄膜を用いた電子部品をつくるというものだった。当時,それを実現する唯一の成膜方法だったのがスパッタ法。しかし,何度やってもでき上がった膜は材料と比べて元素の組成がずれ,めちゃくちゃな構造になってしまう。原因を調べてみると,装置の中で大きなエネルギーを持った粒子が生成され,その粒子が膜にぶつかるために,堆積させた原子を乱していることがわかった。しかし星さんはへこたれず,スパッタ法の改良を目指して試行錯誤をくり返し,教授から「もうやめろ」と怒られながらも,半ば隠れるように研究を続けた。そしてついに「対向ターゲット式スパッタ法」という新しい方法を開発し,乱れのない構造を持つ薄膜を完成させたのだ。この新しい技術は,つくりたい膜の原料(ターゲット)を数cmから15cmの距離で向かい合わせ,その空間に磁界を利用してプラズマを閉じ込めることで,従来より数百倍高い密度のプラズマを発生させる。そのおかげで必要な電圧は10分の1程度,時間も数十分の1と従来の方法と比べて低エネルギー,高スピードで薄膜をつくれるようになった。この方法はプラスチックなどのデリケートな材料の上にもソフトに膜を堆積できるため,曲げられるディスプレイなどの開発が進む近年,産業界からの注目を集めている。30年近く経った今でも,さらに進化したスパッタ法の技術開発を行っている星さんを,開発に行き詰まって相談に訪れる企業研究者が後を絶たない。磨き続けた知識と技術が,産業界をリードする力となっているのだ。(文・磯貝里子)

※CVD:Chemical vapor depositionの略で,薄膜加工技術の一種。

星 陽一(ほし よういち)プロフィール:

1976年東京工業大学大学院電気工学専攻修士課程修了後,東京工業大学工学部助手に着任。1984年より東京工芸大学工学部に勤務し,講師,助教授を経て1999年より現職。工学博士。