ものづくりで挑む、海|近藤 逸人
東京海洋大学 海洋工学部 近藤 逸人准教授
近藤さんがつくったのは,世界に1台しかないロボット。光も届かず,電波も使えない,深い海の底に飛び込み,人の操作なしで動くロボットだ。障害物を認識して自在に海の中を動き回る。「人の役に立てるロボットをつくりたい」。それが研究の始まりだった。
誰にも行けない場所へ
「小さい頃からものづくりが好きで,がらくたを集めていろいろつくっていました。とにかくつくることが好きでしたね」と語る近藤さん。その興味を持ち続け,大学生時代には機械工学科で人間形ロボットの研究をしていた。人間の機能をどうロボットで再現するかを追及する研究だった。アイディアを出し,それをもとに図面を描く,そして実際に工場で機械工作をするという日々。しかし,いつしか,ものをただつくり出すだけではなく,何か人の役に立てるようにしたい,と思うようになった。考えた末,思いついたアイディアは,「人が行けないところへ行けるロボットをつくろう」ということ。選んだ場所は,海だった。
自在に動く自律型ロボット
海は地球の約7割を占め,その深さは平均3800m。これまでに,潜水艇や遠隔操作ロボットなどが開発され,熱水が噴き上げる海底火山や,奇妙な形態をした生物の存在が発見されてきた。しかし,人が乗る潜水艇では調査できる時間に限りがある。また,遠隔操作のために水面からつながったケーブルがじゃまになり,動けるのはせいぜい2〜300m。そのため,これまでの調査は海の全体像をとらえることができず,まさに地図に針を刺していくような作業だった。「海全体を知るにはもっと広い範囲で調べていく必要がある。それこそロボットが出て行って活躍するべきなのではと考えたのです」。近藤さんは自律型海中ロボット研究で知られていた東京大学生産技術研究所の門をたたき,広大な海の中で活躍するロボットの研究を始めた。3年後,つくり出したのは,センサーを駆使して,陸からの遠隔操作なしに周りの環境を感知しながら自在に動き,水中を探査するロボットだ。「ときどき“今元気よ”というかのように超音波で海の中にいるロボットと通信し,様子を見ます。あとは,お弁当を食べて船の上で待っていればいいんです」。これによって,広範囲に渡る生物の分布や生態調査が可能になった。また,人が行くには危険な桟橋や防波堤の腐食状態の調査もできる。将来的には,未開拓の海底資源の探査も期待されている。
枠を超えて広がるものづくり
今,近藤さんは,東京海洋大学で魚類の行動学,生理学などの分野の先生と知恵を出しあい,新たな自律型ロボットの開発を進めている。それは魚を飼育するロボットだ。数十年後には私たちの食卓から魚が消えてしまうのではないかといわれるほど,海洋資源の減少は深刻な問題となっている。それを解決する策のひとつが養殖だ。網で囲った空間の中で,魚を飼育する。しかし,養殖は網で魚が傷つくことだけでなく,なぜかうまく成育しないなどの課題が山積みだ。そこで近藤さんらが考えたのは,本来魚が住む沖合で魚を「放し飼い」にし,自由な空間で魚を飼育する方法。その魚には常にロボットが付き添って,海の汚染を監視し,牧羊犬のように魚が住みやすい場所へ誘導し,危険から魚たちを守る。そんな「海洋牧場」を実現するためのロボット開発を行い,今年の年末には試作機の完成を目指しているという。この研究は,魚類の行動学,生理学といった他の分野と融合させることにより生まれた。科学や工学だけでなく,さまざまな分野が融合して初めて「人の役に立つ」ものがつくり出せるのだ。(文・神畑浩子)
近藤 逸人(こんどう はやと)プロフィール:
2002年東京大学大学院工学系研究科船舶海洋工学専攻博士課程修了。博士(工学)。日本学術振興会特別研究員PDを経て,現在,東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科准教授。