宇宙に浮かぶ、いのちの種を捕まえろ!|山岸 明彦

宇宙に浮かぶ、いのちの種を捕まえろ!|山岸 明彦

東京薬科大学 生命科学部 山岸 明彦教授

私たち「生命」の始まりはどのようなものだったのだろう。今から46億年前に地球は誕生し,38億年前には生命が誕生していた証拠がある。しかし,生命誕生の過程はまだまだ謎だらけ。私たちの本当の始まりを探すためのヒントを求め,高度400kmの宇宙空間で微生物を探す研究者がここにいる。

大きな謎にせまる,小さな疑問

「生命」はどこで生まれたのだろう。きっと誰もが一度は考える問い。その答えにせまる方法を,山岸さんは探している。原始地球の海底で,単純な化学物質が反応をくり返し複雑になっていく中で生命が生まれた,という有名な説がある。一方で,最近,研究者の間で注目されているのが「パンスペルミア仮説」だ。そこでは,宇宙で生まれた微生物が地球生命の祖先となったと説明されている。ただし,山岸さんはこの説を信じていない。生命は地球で生まれ,それらが逆に宇宙へと飛び出して,他の星へ行った可能性があると考えている。そう考えたきっかけは今から10年前,ロシアの宇宙船ミール内の微生物の存在を調べる研究を手伝っていたときだった。「宇宙船には人間が住んでいるのだから,微生物もいるに決まっている。でも,外はどうだろう」。宇宙船の外に地球生まれの微生物がいるかどうか。それを調べることができれば,宇宙空間を移動する可能性も確かめられるはずだ。

空に浮かぶ生物を探して

宇宙空間で微生物を探したい。しかし,始めから宇宙で調査!というわけにはいかない。「まず飛行機を飛ばして高度11kmで調べてみた。そうしたら,いたんだよね〜」。そこは気温−50℃の世界。生き物にとって有害な紫外線も,地上よりはるかに多い。そこで空気をフィルターに通して地上に持ち帰り,培養液に入れて微生物が増殖するかを調べたのだ。すると,紫外線に強い性質を持った5種類の微生物が見つかり,2種類は新種だったという。さらに気球を使って高度35kmで調べると,そこでも4種類の微生物が見つかった。次は,もっと上へ!ふと思いついた疑問から始まった実験だったが,山岸さんの行動力とアイディアに惹かれて,どんどん人が集まってくる。生命科学の分野を超え,宇宙科学や粒子線物理学などを専門とする人が協力してくれるようになった。

「やりたい!」気持ちに素直になる

研究を始めたときから生命の起源に興味があったわけではなく,以前は植物の研究を行っていた。留学先のアメリカから日本へ戻ったとき,新しい研究室で何を研究するか考えるため,半年も図書館にこもって論文をひたすら読み,勉強したという。しかし,結局研究テーマの決め手になったのは,大学1年生の頃に読んだオパーリンの『生命の起源』という本だった。内容すべてを理解しきれたわけではないが,なんとなくこの本に惹かれ続けていた。もしあのとき,この本を読んでいなかったら,まったく別の研究をしていたかもしれない。すべてのことを知ることなどできない以上,自分に何が一番向いているかを考えて道を選ぶのは難しい。大事なのは「やりたい!」という自分の気持ちに素直になること。そうやって,ここまで突き進んできた。

いのちの種よ,飛んでいけ

38億年近く前に地球で生まれた生物が,長い時間の中で火山の噴火などによって巻き上げられ,宇宙空間にさまよい出る。タンポポの綿毛のように,地球から飛び立った微生物が火星やもっと遠い星へと移動し,いのちの種を届けていく。そんな光景を想像しながら,研究を続けている。次は,いよいよ宇宙へ。空気のない宇宙では,シリカエアロゲルという超高性能のクッションを使って微生物を捕まえる予定だ。宇宙空間を移動する宇宙船にクッションを取り付けて,しばらくして回収する。もし宇宙空間に微生物がいれば,ぶつかってクッションの中に入り込むはずだ。地上から約400km上空に建設された,国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」。そこで2011年から行われる実験の計画に応募し,実現のときを待っている。(文・武田 麻子)

山岸 明彦(やまぎし あきひこ)プロフィール:

1975年東京大学教養学部基礎科学科卒業。1981年に理学系研究科で博士課程修了後,カリフォルニア大学バークレー校,カーネギー研究所,東京薬科大学で研究に携わり,2005年より現職。

研究室ホームページ:http://logos.ls.toyaku.ac.jp/~lcb-7/