環境汚染の起源を明かせ|熊田 英峰

環境汚染の起源を明かせ|熊田 英峰

東京薬科大学 生命科学部 環境ゲノム学科 助教

高校2年生の夏,海外留学する兄からロードレース用の自転車を譲り受けて,自転車通学を始めた。自宅から神宮球場近くの高校までわずか20分の道のりの間に,自動車の排ガスのせいで顔が黒く汚れていた。「人間の活動で環境が変わる」。息苦しい空気と毎日付きあう中で強く実感した。

発生起源を探れ

環境汚染の原因として真っ先に思い浮かぶのは,石油や石炭などの化石燃料の燃焼だ。一般的に,ものを燃やすと完全燃焼によりCO2が,不完全燃焼によりベンゼン類と不飽和炭化水素が生じる。このとき,不完全燃焼により生じた2つの物質が反応すると,ベンゼン環が多数重合した芳香族炭化水素(PAHs)が生じる。PAHsの一部は強い発がん性を持つため,発生源を正確に調べ,対処法を考える必要がある。

壊れる炭素が目印になる

PAHsの発生源は,9割以上が化石燃料,残りが野焼きや生ゴミ処理など植物の燃焼だと推測されていた。しかし熊田さんは定量的な実証がされていなかったことに納得せず,実験を始めた。利用したのは,化石の年代測定にも使われる同位元素14Cだ。通常炭素の質量数は12だが,成層圏では窒素原子に中性子が衝突して質量数14の14Cが生成される。そして5730年の時間をかけて半分が窒素原子に戻る。生きている植物は,光合成により14Cを取り込む。その数は炭素原子1兆個に1個程度だ。一方,化石燃料は100万年以上前の動植物の死骸が変化したものであり,14Cはすべて消失している。そこで熊田さんはPAHsに含まれる14Cの割合を測定し,植物と化石燃料の燃焼から,それぞれどの程度生じているのかを調べた。

自分自身の感覚と正面から向きあう

2年の月日を経て,約3割は植物など,化石燃料以外の燃焼に由来していることをつきとめた。この研究で論文雑誌『Environmental Science & Technology』の2006年度優秀論文賞を受賞した。「感じたことや思ったことを無視したり,流したりせずに真剣に向きあう」。それが自転車通学での体験を原点に持つ,熊田さんの研究スタイルだ。(文・柳沢佑)

熊田 英峰(くまた ひでとし)プロフィール:

1998年東京農工大学大学院連合農学研究科博士課程修了。日本学術振興会特別研究員 PDを経て,現職。