エゾトラマルハナバチ 〜ハチとハナのふしぎな関係〜|小野 正人
玉川大学 農学部 生物資源学科 教授
まだ寒い春の日の北海道,1 匹のエゾトラマルハナバチが可憐なピンクの花にからだをあずけています。彼女は,女王バチとして巣をつくるため,日の光を浴びて金色に輝くふわふわの毛に覆おおわれたからだで旅立ったところです。
花にもハチにも大切な花粉
女王バチにとって,花蜜はエネルギー源,花粉は彼女の産んだ卵からかえった幼虫が成長するための栄養分。まだ寒く,花の少ない春先にちょうど花開くサクラソウは彼女にとって非常に大切な存在です。一方で花から花へと蜜を集めるうちに彼女のからだに付くたくさんの花粉は,花側にとっても重要な役割を果たしているのです。サクラソウは,「他家受粉」の植物。送そうふん粉 昆虫のエゾトラマルハナバチが花粉を運ぶことにより子孫を残すことができます。サクラソウには,めしべが長くおしべがその下にある花と,反対にめしべが短くおしべの位置が上となる花の2 タイプが存在します。しかし,同じタイプの花で自家受粉しても種子をつくることはありません。異なるタイプの間で交配することによって,はじめて子孫を残すことができるのです。
ふしぎなことに長さがぴったり
そんな2つの生物には興味深い関わりがあります。女王バチが花蜜を吸うため,めしべの短い花に口こう吻ふんを伸ばして差し込むと,口吻の付け根の部分に花粉が付きます。ハチが移動し,今度はめしべが長い花の蜜を吸おうと花か とう筒に口吻を差し込むと,さっき花粉が付いた場所は,ちょうどこの花のめしべの位置と重なるのです。エゾトラマルハナバチの女王バチの口吻とサクラソウの花筒の長さはぴたりと一致していて,まるで花粉を運ぶために設計されたかのよう。他のハチでは口吻の長さが足りず,役に立ちません。長い地球の歴史の中で,時空間を共有してきた生物間に培つちかわれたものといえるでしょう。
ハチを引き寄せる香り
最近になって,サクラソウが放つ花か こう香の中に,エゾトラマルハナバチが仲間との情報交換に使っている「香りの言葉」と似た成分が含まれるらしいことがわかってきました。元来,ハチは学習能力が高いので,一度蜜を吸った花の香りを覚えることができます。それにもかかわらず,サクラソウがエゾトラマルハナバチに香りのメッセージを送っているとすれば,とても興味深いこと。博物学の時代,主にかたちに注目していたダーウィンがこんな「秘密の会話」を知ったら,いったいなんと言ったでしょうね。
小野 正人 プロフィール:
玉川大学 農学部 生物資源学科 教授。1988年玉川大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。同大学に勤務後,1998年から1年間サイモンフレーザー大学研究員。2004年より現職。