ソフトかつ確実に着陸せよ!|内山 賢治
日本大学 理工学部 航空宇宙工学科 専任講師
「スペースシャトルに乗って宇宙に行けたら……」と考えるととてもわくわくしてきますが,行ったら無事に戻って来なければいけませんよね。現実に宇宙と地球を安全に行き来できるよう,研究室の一室で机に向かう研究者が日本大学の内山賢治さんです。
宇宙からの帰還
飛行機やグライダーなどが着陸する光景を目にしたことがあると思います。どの機体も上空から滑走路に向けて,その距離や速度,角度を調整しながら正確に着陸し,地面にぶつかることはありません。実は,スペースシャトルなどの「宇宙往還機(うちゅうおうかんき)」も同じようにして地上へと正確に戻ってきます。着陸するとき,利用するのは空気と機体の間で起こる「揚力(ようりょく)」という力です。揚力とは,飛ぶときに機体を持ち上げる方向に働く力のこと。この力を調節することで重い金属でできた飛行機でも空に浮かんだり,無事に着陸したりすることができるというわけです。しかし,グライダーと宇宙往還機の機体をよく観察してみると,その形状はまったく異なっています。それは,何の目的でどのような場所を飛行するものなのかによって,最も適切な機体が設計されるからです。宇宙往還機は,宇宙と地球を行き来するもの。つまり飛行機やグライダーと違って,地球から宇宙へ飛び立ち,そして無事地上へと戻れるよう設計がされています。地球へと帰ってくる際,宇宙往還機は大気圏に突入する必要がありますが,このときの宇宙往還機の突入速度は秒速7.5kmにも達します。すると,空気との摩擦抵抗によって胴体から飛び出た翼には大きな負荷がかかります。そこで少しでも負荷を軽減するために,翼は「デルタ翼(よく)」という小さな三角型の独特なかたちに設計されているのです。ただ,高速飛行で翼にかかる負荷が小さいデルタ翼は,着陸時には揚力を十分に生み出すことができません。宇宙から帰還し着陸するというのは,普通の飛行機以上に難しいのです。
コンピュータが制御する
実は,宇宙往還機の着陸はパイロットがすべて操縦するわけではなく,コンピュータによってほとんど自動的に行われています。もちろん,機器が故障したときは腕利きのパイロットにより操縦されますが,それ以外は宇宙から地上までの帰還経路や,着陸するとき機体の角度を変える操作など,多くのことが自動的に判断され,制御されています。この自動制御のシステムは地球を飛び回る飛行機などでも利用されますが,宇宙往還機は大気圏での空気の影響や宇宙という特殊な環境を飛ぶ機体。地球の上だけを飛ぶ場合よりもクリアしなければならない問題が多く,制約条件も厳しいため,制御自体も複雑で難しくなります。内山さんは,その制御について研究しています。
数式で表す美しい宇宙
内山さんの研究の対象となるのは宇宙往還機をはじめ,月面着陸機や無人飛行機など。とはいえ,研究室では実物を使って実際に制御を行っているのではありません。「パソコン」と「ノート」を駆使して日々数式と向き合いながら研究を進めています。たとえば,新しく自動制御のシステムを開発したとき,そのシステムを何の検証もせずに,いきなり宇宙往還機などに適用するのは非常に危険です。そこで,大気圏に突入したときの空気抵抗や重力,エンジン故障などの不測の事態まで,動作に影響のあることがらを「数式」としてとらえ,これらを物理の教科書にも載っている運動方程式に当てはめます。そして,その数式から予測される動きをコンピュータでシミュレーションすることで制御の有効性を検証しています。「自然とか,一見複雑に見えるものでも,規則性のあるものはきれいな数式で表現される」と内山さんは言います。宇宙というロマンに満ちたものをパソコンやノートを通して見つめる研究者がいるというのは,想像していた宇宙の研究とひと味違う気がします。しかし,導き出された数式が,宇宙往還機などの運行を可能にしているのです。スペースシャトルが打ち上がるという劇的な場面に釘づけになった経験は誰にもあるでしょう。そのスペースシャトルの動きすべてが数式で表されるなんて考えたことはあったでしょうか。内山さんたち研究者がノートやパソコンに向かって打ち出した数式が,宇宙往還機に正確に,そして安全に地球の土を踏ませているのです。
内山 賢治(うちやま けんじ)プロフィール:
日本大学 理工学部 航空宇宙工学科 専任講師。東京都立大学工学部助手を経て,2001年より現職。博士(工学)。