超電導技術で海を越える|和泉 充
東京海洋大学 海洋工学部 教授
食料や燃料,自動車などの大きな機器。それらは大海を横断する巨大な輸送船に載せられ,私たちのもとへと運ばれている。一般的な石油タンカーは,長さが300mほど,重さは26万トンもある。そんな巨大な船を動かすモーターの出力は数万馬力,一般的な自動車のなんと100倍だ。より効率よく,コストの少ない輸送を実現させるため,和泉さんは超電導モーターの開発に取り組んでいる。
巨大な船を動かすためのモーター
超電導とは,ある種の金属や化合物を絶対零度と呼ばれる–273℃近くまで冷やしたときに,電気抵抗が0になるという現象だ。通常は,銅線や鉄線に電流を流すと,その伝わりを妨げる抵抗が生じて電導効率が下がったり,発熱の原因になったりする。しかし超電導状態ならば,電流のロスを防げるうえ,一度に大量の電流を流しても発熱しない。和泉さんが取り組むのは,この超電導を生じる材料「超電導物質」と,それを応用した船舶用モーターの開発だ。超電導の技術を使ってモーターを小型化,軽量化できれば,その分だけ多くの積み荷を載せることができる。モーターを載せる底板などの強度も落とせるため,船自体も軽くなり,燃料も少なくて済む。今より効率的な物資輸送が実現するというわけだ。
実際に使える技術をつくる
超電導状態をつくるには,まず超電導物質に磁場を持たせるよう「着磁」という作業を行わなくてはならない。今まで一般的に利用されていたのは,すでに超電導状態になっている他の超電導物質を利用する「静磁場着磁法」だ。しかし,この方法は装置が巨大になるうえ,モーターを組み立てた後では着磁が難しく,船舶用モーターには向いていなかった。一方,電流を流すための銅線を巻いた着磁コイルを一緒に組み込んで,高電圧の電流を瞬間的に流す「パルス着磁法」ならば,後からでも着磁可能だ。しかし通常のパルス着磁法は静磁場着磁法よりも低い温度まで冷やさなければならなかった。研究室なら液体ヘリウムや冷却機などを利用して–200℃以下の低温まで冷やすことはできる。だが実際のモーターとなると,液体ヘリウムではコストがかかりすぎ,冷却機を付けるとモーターが大きくなってしまうので,実用化しづらかった。そこで和泉さんたちは,超伝導物質が持つ磁場の分布と向きに注目した。磁場の向きに合わせるように着磁コイルに電流を流せば,効率よく着磁できる。和泉さんたち東京海洋大学と福井大学,北野精機株式会社のグループは,着磁コイルを渦巻き状に工夫することで,安価な液体窒素で冷やせる–196℃程度でも着磁できるモーターを開発したのだ。
応用はひとつじゃない
和泉さんが開発する超電導モーターは,超電導物質をかたまりにした「バルク磁石型」と,電線に加工した超電導物質をコイルのように巻いた「超電導コイル」がある。バルク磁石型は小型化でき,コイルはその巻き方や巻く量を調節することができるため,かたちや大きさを変えることができる。和泉さんは学生時代,理学部物理学科で材料工学の分野から超電導を研究していた。そのスキルを活かして,昔から好きだった船,そして海洋という分野に挑んでいる。素材の研究・開発と選択から実際に海洋で使うモーターの開発まで,一貫した研究を行えるからこそ生まれた技術は,船舶だけでなく,海流を使った発電技術や海水の淡水化などにも応用されつつある。
世界が舞台は「当たり前」
海を航行する船舶用超電導モーターを材料から扱う研究室は,日本の大学の中では和泉さんの研究室くらい。競争相手はアメリカやドイツ,中国など世界中の研究者だ。学生にも1年に一度国際学会で発表する機会があると言う和泉さんの研究室。そこでは日本人の学生も留学生も分け隔てなく研究に打ち込む姿があった。「世界中の研究者とともに歩むのが当たり前。グローバルや国際化といった言葉は最初から意識していません」。大海を渡り,物資を輸送する船舶の研究に国境などない。また,研究の中で蓄積された技術は冷却機や宇宙でも機能するシステム開発といった他分野でも十分通用するもの。世界に広がる海洋と関わる研究室だからこそ,可能性は無限に広がっていく。(文・設楽 愛子)
和泉 充(いずみ みつる)プロフィール:
1983年筑波大学大学院博士課程物理学研究科を修了。理学博士。筑波大学助手,長崎大学講師,東京商船大学助教授・教授を経て2004年国立大学法人東京海洋大学教授。2008年同大学理事兼副学長を経て,2009年より現職,産学・地域連携推進機構長,先端科学技術研究センター長。