星の名残が歴史を語る|松下 恭子
東京理科大学 理学部 第一部物理学科 准教授
太陽が地平線に沈んだ後,夜空に輝く星々の光。私たちの銀河には数千億もの恒星が含まれ,そこからの光が今日も地球に降り注いでいます。宇宙空間を海に喩えれば,銀河は無数のきらめく宝石でできた島。そんな島がこれまた1000億以上もあるといわれるこの宇宙は,いったいどのようにできたのでしょう。
X線で輝く銀河
太陽系が含まれる「天の川銀河」が生まれたのは,今から137億年前と考えられています。長い年月の中で,数多くの星が現れては,消えていったことでしょう。星々の活動によって,銀河がどのように姿を変えてきたのか。それを知るための手がかりは,銀河の内部ではなく外側にあります。広い宇宙の中には,銀河が多数集まった場所「銀河団」が存在します。そこを私たちの目に見える「可視光」で見てみると,暗い宇宙空間の中にぽつぽつと光が浮かんでいる様子を見ることができます。しかし同じ場所を,高エネルギーの光であるX線を見ることができる望遠鏡でのぞいてみると……とても広い範囲が輝いているのが見えてきます。この光の源が「銀河団ガス」です。宇宙誕生直後に生まれた水素とヘリウム,そして銀河の中から吹き出してきた酸素やケイ素,鉄などが超高温のガスとなり,X線を放っているのです。
ガスが抱える,銀河の歴史
東京理科大学の松下恭子さんは,地球の周囲を回るX線観測衛星「すざく」を使って,銀河団ガスを観測しています。銀河にある恒星のうち質量が太陽の10倍以上あるものは,誕生から1000万年ほどで超新星爆発を起こします。そのとき周囲にまき散らされた元素の一部は,銀河の中に留まって他の星の材料となります。しかし別の一部は銀河の外側まで吹き飛ばされて,銀河団ガスへと組み込まれます。そして再び星になることなく,つくられた当初の姿のまま漂い続けるのです。そのため,ガス中にある元素の種類と量,分布を調べることで,過去に存在していた星の質量と分布を知ることができます。なかでも松下さんが注目するのは,「酸素」です。他の元素は核融合や超新星爆発の瞬間など,さまざまな場面でつくられるのに対し,酸素のほとんどは質量が大きな星の核融合反応で生まれます。さらに,この宇宙に存在するヘリウムよりも重い元素のうち,全体の量の半分は酸素だと考えられているのです。そこで酸素こそが銀河の歴史を知るための最も重要な手がかりになると考えた松下さん。世界で初めて銀河の外側にある大量の酸素の検出に成功し,それにより重い星の形成と爆発の歴史を調べています。
遠くを見ることは,過去を見ること
現在,「すざく」で見ることができる銀河は,光が地球に届くまで10億年かかる距離にあるもの。つまり,10億年前の姿を見ているということになります。はるか昔のように思えますが,「10億年なんて,宇宙の年齢から考えたらごく最近なんですよ」という松下さん。今はまだ,137億歳の宇宙の,最後の一部の歴史しか見ることができません。でも10年後に欧米日の共同で打ち上げを計画している衛星「IXO」なら,100億光年先までが観測可能。100億年前の銀河には,どれくらい重い星が残っているだろう。50億年前なら?――時間を追って比べることで,星々の歴史を直接知ることができるのです。
私たちがいる「今」の世界は,宇宙が誕生した瞬間から137億年の中で起きた,数多くのできごとの上につくられています。今へとつながる長い道筋の中,星がいつ生まれ,死に,どのように変化してきたのか。宇宙の歴史を解き明かそうと,今日も世界中の望遠鏡が空へと向けられています。(文・西山哲史)
松下 恭子(まつした きょうこ)プロフィール:
東京理科大学 理学部 第一部物理学科 准教授。1997年東京大学理学部天文学科にて博士課程修了。理学博士。2003年より東京理科大学理学部第一部物理学科講師,2008年より現職。