水を磨く技術|浦瀬 太郎

水を磨く技術|浦瀬 太郎

東京工科大学 応用生物学部 教授

私たちが何気なく蛇口をひねり,流れ出た水。都市部の川の中には,流れる水の半分以上が生活で一度使われた水で占められているものがあります。その水がきちんと自然に還るよう研究するのが東京工科大学の浦瀬太郎さんです。

処理場を通った水の色とにおい

生活排水がそのまま川へ流れ込むと,多くの水に棲む生物が生活できなくなります。食べ残しなどに含まれる有機物をエサに微生物が増え,その呼吸により水中の酸素が足りなくなってしまうからです。さらに,酸素を必要としない嫌気性生物が硫化水素などを大量に産生するようになると,川は濁って不快なにおいを放つようになります。そこで,有機物を下水処理場で取り除いてから,水を川に戻します。しかし実際に処理水を観察してみると,自然の川の水とは違う「色」や「におい」があるのだそうです。浦瀬さんは「このような処理水から取り除けない物質の中には,たとえ微量でも生態系に影響を及ぼす物質があるかもしれない」と考え,頭痛薬の成分や抗生物質など,私たちの生活から出てくる物質のうち,微量でも生物に作用する可能性のある化学物質を中心に調査しています。

わずかな物質も見逃さない

下水処理場では,微生物のかたまりである活性汚泥が有機物を分解しています。しかし,水中では多くの医薬品の成分となる化学物質が持つカルボキシ基(–COOH)が–COO-とH+というイオンに分かれて溶けてしまっているため,微生物が取り込みにくい状態になっていました。浦瀬さんは酸性条件で処理をすると,カルボキシ基のイオン化が抑制されて,いくつかの化学物質を微生物が容易に分解でき,処理効率が上がることを示しました。さらに,酸性条件では化学物質を分解するカビの仲間が増殖するため,それを利用してより広い範囲の有機物を除去できるようにならないか研究を続けています。

社会を見つめる理系人に

微生物の機能をもっと発揮させる技術を研究する一方で,ナノレベルの孔を持った膜を使って徹底的に水をきれいにする技術も研究しています。「排水処理には高度な技術や自然の力,ハイテク,ローテク,ちょっとした工夫も必要で,技術が社会環境にうまく適合しないと使えません」。さらに浦瀬さんは「水に溶けた微量の物質の研究を通して,社会を意識できる理系の技術者を育てたい。将来もきれいな水が川を流れ続けるように,技術者の教育にも力を注いでいきたい」と話してくれました。(文・設楽愛子)

浦瀬 太郎(うらせ たろう)プロフィール:

1995年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。1997年より同大学にて助教授として勤務後,1999年から東京工業大学助教授を経て,2008年より現職。

http://www.teu.ac.jp/info/lab/teacher/bio_dep/197.html