錯体の光で有害物質を見つけ出せ!|篠崎 一英

錯体の光で有害物質を見つけ出せ!|篠崎 一英

横浜市立大学 国際総合科学部 基盤科学コース 教授

真っ暗にした研究室で紫外線を当てると,青や黄色と,色とりどりの光をぽわーっと放ち出す不思議な化学物質。細い棒でひっかいただけで,その色が黄色から赤色へと変わっていくものもありました。美しい色や光が見た目に楽しい彼らの名前は「金属錯体」です。

色が変わるのはなぜ?

血液中に含まれるヘモグロビンや,携帯電話などの有機EL※ディスプレイの材料も,実は金属錯体。中心の金属原子に水や有機物など配位子と呼ばれる分子が結合した構造を持ち,鮮やかな色や光を発するものが数多くあります。鉄の錯体であるヘモグロビンは,酸素量の少ない静脈血中では暗い赤色をしていますが,肺でひとたび酸素と結合すると,鮮やかな赤色へと変わります。分子構造の変化が,色の変化として現れているというわけです。また,ひっかいたり触ったりすることでかかる圧力によっても結晶の構造が変化し,発する光の色が変わります。このように,配位子の変化だけでなく,圧力や,温度,湿度の変化など,周囲の環境の変化によっても色が変わってしまうことがあるのです。

見えないガスを感知する光

このような性質を生かし,「揮発性有機化合物(VOC)」の検出ができないだろうかと,横浜市立大学の篠崎一英さんは考えました。VOCは,トルエンやホルムアルデヒドなど,建物や家具から放出されるシックハウス症候群の原因とされている化学物質です。一般に微量で無色透明なので,直接目で見ることはできません。そこで,錯体の出番。VOC検出に用いることができる白金の錯体は平面形をしており,結晶中では層のように重なり合っています。この隙間にVOCが入り込むと層の間隔が変化し,錯体から放出される光の色が異なってくるのです。このように,色の変化としてVOCの有無を簡単に判断できることに加え,異なるVOCごとに対応する錯体をつくれば,何のガスなのかを見分けることもできます。「自分のつくった錯体の持つ新しい機能を,もっともっと見つけていきたい」と話す篠崎さん。彼らが放つ色とりどりの光が私たちの暮らしを守ってくれる,なんて日が来るかもしれませんね。(文・周藤瞳美)
※有機EL(エレクトロルミネッセンス):電気の刺激を受けることでエネルギーの高い状態になった有機物が,元の状態に戻るためにエネルギーを光として放出する現象。

篠崎 一英(しのざき かずてる)プロフィール:

横浜市立大学国際総合科学部基盤科学コース教授。1990年東京工業大学理工学研究科博士課程修了。理学博士。横浜市立大学理学部助手,助教授を経て2006年より現職。