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脳を照らす新しい光|田中 尚樹

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田中 尚樹  東洋大学 理工学部 生体医工学科 教授
田中 尚樹  東洋大学 理工学部 生体医工学科 教授

東洋大学 理工学部 生体医工学科 教授

生命の研究において,最大のテーマのひとつが「脳」です。『someone』のページをめくるとき,何も考えずにボーっとしているとき,そして寝ているときでさえも。脳は,意識しなくても常に働いているのです。脳の研究でも特に難解なのがこの「意識」だといわれており,いまだ科学的に定義されたことがありません。しかし,最先端の光トポグラフィ技術が「意識」を照らし出してくれそうです。

浮かび上がる脳内地図

「光トポグラフィ」は,20本程度のレーザー光照射ファイバーと,20本程度の光検出ファイバーを市松模様に配置し,頭をすっぽり覆うように取り付けて脳表面の血行動態を計測する装置のこと。光レーザーで頭蓋骨を超えて大脳新皮質に光を当て,組織や血液で散乱吸収された光を検出することで,脳の表面の血流量を測定することができるのです。これは,血液の中で酸素を運ぶヘモグロビンが,酸素が結合しているときと結合していないときとでは,吸収する光の波長帯が違うことを利用しています。光トポグラフィを頭全体に取り付けることで,頭の表面の血流量の変化をリアルタイムで計測でき,その様子はまるで脳内地図を見ているかのよう。この装置を付けたまま指を動かしたりものを見たりすると,脳のどこが使われるのかがわかります。東洋大学の田中尚樹さんは,株式会社日立基礎研究所で20年間,この光トポグラフィにおけるデータ解析等の研究を行ってきました。

意識と無意識の境目にせまる

どんな作業をすると脳のどこが活発になるのかという関係を,「神経相関」といいます。脳科学の実験の多くはこの「神経相関」に基づいています。この実験において常に頭を悩ませる原因となってくるのが,計測データに現れる「揺らぎ」。たとえば,研究でよく用いられる動作に「タッピング」があります。親指を,人差し指から順番に4本の指と合わせていきます。これを30秒間行って30秒間休むということを10回くり返すと,行っている動作は同じなのに,データの波形が同じにはならないのです。それは,タッピング中や休憩中に考えていることが常に異なるから。このような思考は意識しても抑えることが難しく,いつも解析の邪魔になっていました。しかし,企業から大学に研究の場を移した田中さんが興味を持ったのは,その「揺らぎ」だったのです。心拍や呼吸のような無意識の活動ではないけれど,意識しても制御できない脳の働き。田中さんは,この意識とも無意識ともつかない働きを解明することが,「意識とは何か」を明らかにするカギになると考えたのです。

わかりはじめた「意識とは何か」

2005年,「意識とは何か」についての研究に重要なきっかけを与える論文が,世界的な科学雑誌『Science』に掲載されました。それは,特殊なコイルを用いて脳表面にパルスのような電磁場を発生させると,覚醒時と睡眠時では,発生した電気信号の伝わる様子が違うというものでした。覚醒時は,脳内で電気信号が伝達されるネットワークが形成されており,右脳に与えた信号は左脳まで伝わります。しかし,睡眠時は信号の伝播がまったく行われないという明確な実験結果が示されていました。田中さんは,この事例をヒントに,光トポグラフィを用いた新しい研究を始めました。「睡眠」は脳のネットワークが働かない,つまり意識がないこと,という単純なものでなく,からだと脳のネットワーク環境が変わるのではないかと考えたからです。実際に,覚醒時と睡眠時の心拍や血圧の変化と光トポグラフィのデータとの相関を見てみると,覚醒時は,血圧が変化して脳の働きを活性化するのみですが,睡眠時はそれだけでなく,脳の活性化が逆に血圧にも変化をもたらしていることがわかりました。睡眠時では覚醒時と異なり,より繊細な身体との相互なコントロール環境に変化していたのです。田中さんはこの春に赴任してきたばかりで,この研究を本格的に進めるのは来春,新しい校舎で最新の設備が完成してからになります。ふとした視点の移動で,研究の対象となった「意識」というテーマ。最先端の光トポグラフィを使って,未解の「意識」を開拓するのは,これから田中さんの研究室にやってくる若い脳なのかもしれませんね。(文・伊地知聡)

田中 尚樹(たなか なおき)プロフィール:

東洋大学理工学部生体医工学科教授。株式会社日立製作所基礎研究所にて,カオスの研究および光トポグラフィのデータ解析に従事。在職中,東京工業大学客員教授,理化学研究所客員研究員を兼務。2009年より現職。

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