ツノと波にひそむ真実|筧 三郎
立教大学 理学部 教授
「このくらいの大きさのホワイトボードだったら,数式で埋めることなんて簡単です」。そう言って自分の好きな式を書いて説明してくれた筧三郎さんは,まさに「数式」に魅了されている研究者だ。
こんぺいとうの角ができるまで
いくつもの角を持っていて,ぼこぼこしたかわいらしい外見をしているこんぺいとうだが,意外にもこの角の形成メカニズムは明らかにされていなかった。こんぺいとうをつくるには,まず熱した金属鍋を傾けながら回転させ,核となるザラメ糖などの粒を入れる。そこに高温・高濃度の砂糖水を少量ずつ垂らし,勢いよくかき混ぜてつくる。実験を重ねた結果,角の形成には強くかき混ぜるということが大切なポイントだとわかった。かき混ぜると,粒同士がぶつかることで,砂糖水が直接かけられていない粒にも砂糖水がくっつく。この砂糖水は角の先端に付きやすいため,どんどん角が成長していく。ゆっくりかき混ぜていては,角は大きくならない。砂糖水が直接くっつくことで粒の表面が滑らかになる分とのバランスをとりながら,あのこんぺいとうの角はつくられていくのだ。筧さんは,この過程が,ある結晶形成過程の単純なモデルとよく似ていることに気づいた。そんな彼の根底には,このように自然現象を単純なモデルに落とし込むことによって説明したいという理論家ならではの気持ちがある。
ちょっと変な波,ソリトン
筧さんの興味は「現象」とつながっているところにある。たとえば,浅い水路を進むボートの先から発生する波や津波などが,自然のなかによく見られる。実はこれらの波は「ソリトン」と呼ばれ,少し変わった性質を持っている。音波のような波は,波同士がぶつかると,重なり合って大きな波になるか,その後広がり,さざ波になって消えていく。しかしソリトンは,波であるにもかかわらず,まるで粒子のような性質を持っており,波同士がぶつかってもそれぞれのかたちが変わることはない。互いにもとの状態を保ちながら進んでいくのだ。このようなソリトンのふるまいは「偏微分方程式」と呼ばれるものを解くことで調べられる。筧さんの研究はこの解を見つけることだ。一般に,偏微分方程式は複雑すぎて人の手で解くことはできない。そのため,解はスーパーコンピュータなどを使って数値的に求める方法が多く知られている。しかし,筧さんは,「自分の手で解く」ということにこだわりを持っている。そのため,手で解くことのできるソリトンを扱っているというわけだ。ノート数ページにわたる計算も厭わない。「僕はとにかく方程式を解くことが好きなのです」。
方程式を解くことの楽しさ
きれいな答えが出たとき,解くのに一晩かかった問題が,少し見方を変えることで簡単に解けることに気づいたとき,方程式を解いて導いた解が,実験結果を見事に説明できていたとき……。筧さんが何よりの快感を覚える瞬間だ。このような「方程式を解く」ことのおもしろさは,大学受験で勉強する数学に通じるものがあると言う。高校生の頃から数学が好きだったという筧さんだが,実は大学の授業では,受験数学で感じていた数学のおもしろさとのギャップに悩み,いったんは数学の道をあきらめることにした。しかし,進路に選んだ応用物理系の学科の恩師との出会いがきっかけで,自分の性格にマッチした数学の分野を見つけ,いまやすっかり数式の虜となっている。「数学も含めて嫌いなことでも,いつかは好きになる可能性があると思うのです。むやみに毛嫌いしないで,いろいろなものに接してほしい」。そして筧さんは,身の回りの自然現象の裏にひそむ理論を,今日も追いかけて行く。(文・周藤瞳美)
筧 三郎(かけい さぶろう)プロフィール:
1995年,東京大学工学系研究科物理工学専攻博士課程修了後,東京大学研究生,日本学術振興会特別研究員,早稲田大学理工学部助手を経て,2001年より立教大学に勤務,2010年より現職。博士(工学)。