化学はもっと活躍できる|大嶋 正人
東京工芸大学 工学部 教授
ダイオキシンや残留農薬問題など,少し前まで「化学」は環境を汚染するものというイメージが強かった。しかし,どんな化合物がどれくらいあるかを調べられる「化学」こそが,今の大気や土壌,水質などの汚染状況を正確に把握することができる。現在,大嶋正人さんは大学キャンパス周辺の水質調査に取り組んでいる。
「正確に把握する」化学の力
環境問題を実際に解決するのは,植物や微生物を使った生物学的アプローチかもしれないし,物理的に取り除く方法かもしれない。しかし,現状を知らなければそんな解決策を選ぶこともできないのだ。身の回りのものはすべて物質で,その化学的性質や物理的性質を私たちは利用している。私たちは「化学」に囲まれて暮らしていると言うこともできるのだ。大嶋さんは,分子と分子がどのように反応しているかということに興味を持ち,今はコンピュータシミュレーションによって化学反応の本質やしくみを知る研究を行っている。それによって化学反応についての情報を増やし,新しい分析方法の開発や実用化をしようと考えているのだ。
練習ではなく「本番」の分析を
授業でも分析化学のおもしろさや重要性を伝えたい,でもただの勉強にしたくない。どうせやるなら楽しく,というのが大嶋さんのモットーだ。「わからないものを明らかにするからおもしろいんです。よくある学生実験がもの足りないのは,答えがすでにわかっていて,それを調べる練習になってしまっているから。練習も大切だけど,もうひとひねり」。そう考え,2008年から始めたのが「水質調査隊」だ。東京工芸大学厚木キャンパス周辺に流れる中津川,柿ノ木平川,相模川,恩會川,玉川などの河川について,いくつかのグループに別れて採水し,大学に持ち帰ったらその日のうちに分析を開始する。どの河川から汲んだ水に,どんな物質がどれくらい含まれているのか……その答えは大嶋さんにもわからない。「これまでに習ったことを身に付けていれば,君たちが出した値が正しい」と言っている。だからこそ学生たちも,どの実験よりも夢中になれるのだ。
研究室に入って奥に進むと,金属のラックで組まれた個室が並んでいる。それはまるで,秘密基地のようにも見える。「全部僕の手づくりなんですよ」と話す大嶋さんのもとには,学生実験を経験して分析やフィールドワークに興味を持った学生が集い,さらなる分析調査に出かけて行く。(文・磯貝里子)
大嶋 正人(おおしま まさと)プロフィール:
早稲田大学,東京工業大学にて助手を勤めた後,1999年より米エモリー大学にて博士研究員。2002年より東京工芸大学に助教授として勤務。2009年より現職。工学博士。